貴公子は温めるにも一苦労する・5
「遅い、ロバート。風邪でもひいたらどうする」
貴公子エドモンドがいつもの端正な顔で、戻ったばかりの家令に向かい不満を口にする。
「申し訳ございません、エドモンド様。まだ物の位置がよくわかりませんでして」
若き主に謝ったロバートが、リリーを見エドモンドを見る。
「エドモンド様、お嬢さんを泣かせたのですか」
「なぜそう考える。温まると目から水が出るのだそうだ」
不満を表情に出すエドモンドからリリーに目を移すと、ロバートに向かいリリーがうなずいた。
「もう止まったから大丈夫」
「では髪を乾かしましょうか」
よく乾いたタオルと櫛を手に持ち、ロバートはリリーの後ろへとまわった。
背中が暖かいと気持ちが良いのだろう。
リリーはそのままうつらうつらとし始め、前にこてりと倒れた。
咄嗟にエドモンドが床へとおりる。その膝へ上半身を預ける形で眠ってしまった。
寝台はまだ搬入されておらず、長椅子もない。
ここでこのまま寝せておくより方法がない、となった。体を曲げてエドモンドに半分乗り上げたままの姿で眠るリリーにエドモンドが呆れる。
「よくこんな姿勢で眠れるな」
「子供は体が柔らかいですから」
男児の父親でもあるロバートが答えた。
「なぜ泣いたのか、だが」
エドモンドがリリーの髪に櫛を通しながら口にする。
もうすっかり乾いているので必要はないのだが、ロバートは口出しを控えた。
「はい」
「わからん。お前には分かるか」
部屋を離れており話を少しも聞いていなかったロバートに尋ねることをおかしいと思わない若き主の為に、ロバートが思案する。
「ほっとしたのではありませんか」
エドモンドは何も言わない。
「私も息子もこの半年、お嬢さんが泣くのを目にした事はございません。肉屋の主人が申すには、他の子供に比べて情緒が安定していて我慢強いのだそうです。他には『丈夫』という者もありましたが」
エドモンドが櫛を手放し、リリーの手を取った。力の抜けて丸まる細い指を広げ、一本一本を確かめるようにしてから、その指の間に自分の指を挟み込むようにして絡める。
しばらくの後口を開いた。
「まるで丈夫な感じは無いが。我慢強いと云うのならそうかもしれん」
異能で何かを読んだのだろうか。
ロバートがエドモンドの顔を見ると、視線だけで肯定された。
「安心したのでしょう。でなければ、お嬢さんがこのようにぐっすりと眠ったりなどしないのでは」
納得したらしいエドモンドが顎を微かにひいて、同意を示した。




