公子は街歩きをご所望です・2
「こういうのが、したかった」と公子イグレシアスは言った。
国では多少なりとも顔が知られている事もあり、好きに街を歩けない。通りすがりの気になる小路に入ってみたりしたいのだ、と。
リリーが実母と住んでいた地区は、入ってはいけないと言われる、もしくは足を踏み入れる気にもならない小路が多くあった。
それに比べて、今日訪ねているのは、生活の豊かな人々が住む地区なので、どこで曲がっても入りこんでも大丈夫。
しかも坊ちゃまエドモンドに、この地区の詳細な地図を異能で落としてもらったので、万が一にも迷子になる事がない。
あの日は裸の時間が長かった……。地図のような図形を落とすのには、『広範囲接触型』のエドモンドより、『深く繋がる型』の方が向いているのではないか。それは誰に聞けば分かるのかと考えるリリーに、イグレシアス公子が話しかけた。
「公国では、ミルクティーを淹れるには、ミルクが先か紅茶が先かで、長く論争が続いていると聞いた」
公園に面したカフェテラスで遅めの朝食を摂るところから、今日の街歩きは始まる。
上着にタイをする公国紳士の装いでも、肩肘を張らない力の抜けた雰囲気のイグレシアスは、女子ふたりよりも高い身分らしい。その辺りはお世話役のペイジすら正確には知らないという。
本来ならば、リリーなどが同行すべきではないのに「彼女の言葉が聞き取りやすくて疲れない」と、はっきりと言われては、お世話役のペイジも一緒にいたマクドウェルも言葉を無くすし、それ以上頑張りようがない。
日曜日を潰すことになるので、坊ちゃまエドモンドにもお伺いを立てた。しばらく考える様子ではあったけれど、止める事はせず、迷子を懸念して地図を落としてくれた。でも本当に裸の時間が長かった……
つい別の事を考えていたリリーは、イグレシアスの促すような視線に思い出した。
紅茶について聞かれたのだった。エドモンドは紅茶にミルクを入れない。そもそも――
「混ざったら、どっちが先でも味は一緒――」
リリーが言い切る前に、男子生徒がかぶせた。
「公子、我が家は伝統的にミルクが先です」
「当家は必ずお茶が先です、公子」
ふたり同時に前のめりになったので、六人掛けのテーブルが揺れる。
「一家言あると聞いていたけど、本当なんだな」
イグレシアス公子が感心する。
「そこは譲れません」
男子ふたりが声を揃える。
どっちでも一緒だと思うのに、どこまで本気なんだろう。どうやら今日はボロが出ないように大人しくしていた方が利口みたい。
リリーは小さく首を竦めると、薄切りトーストに手を伸ばした。




