昼下がりの攻防あるいは平和
「坊ちゃま、黒くて硬いのをお口に入れて欲しい」
「自分の手を使え」
「だってトロトロでベタベタ」
おじ様その甘くて硬くて美味しいのは何てお名前? と聞かれて、ロバートは「キャラメルアーモンドでございます」と答えた。
ローストしたアーモンドにカラメル状の砂糖をからめて、カリカリになるまで乾かしたものだ。
リリーの手をベタベタにしたのは、棒状の揚げ菓子にチョコレートソースをつけながら食べる、異国で好まれる菓子。
上品なものではないが、リリーが好むだろうとみて、本日のお茶の時間に家令ロバートが用意した。
エドモンドの留学先で、ロバートの目を引いたのは庶民が使う素朴な陶器だった。公国にはない筆遣いの絵付けに、「かわいい」と喜ぶリリーの姿が容易に想像できた。
再会が約束されていたわけでもないのに、一揃い購入するのはエドモンドも知っていたはずだが、何も言わなかった。それが今、テーブルに並んでいる。
「指を拭いて自分で取ればいい」
文句を言いながらも、エドモンドが口にアーモンドをいれてやる。
「チョコレートがもったいない」
リリーがきっぱりと言った。
隙あらば指先についたチョコレートを舐めようという意志の見えるリリーを、エドモンドは目を離さずに牽制している。
チョコレートならまだあるので惜しむ必要はない。足して差し上げようと、ロバートはすぐ近くで控えているのだが。
「それは明日の分にしてもらおうと思って。取っておくの」
真顔のリリーに返す言葉を選ぶロバートより、エドモンドが先んずる。
「少しばかり残さなくとも、まだいくらでもある」
そうなの? と期待に満ちた視線を受けてロバートは頷いた。
「さようでございます」
牛の形をしたクリーマーに入れたチョコレートソースをリリーの器にたす。
エドモンドに「センスがない」と貶められたこのクリーマーも、リリーは「かわいい」と気に入り、ロバートを喜ばせエドモンドを黙らせた。
「幸せ過ぎて怖い」
「今それを言うな」
言葉が軽くなる、とエドモンドが眉間に皺を刻む。
ロバートが紅茶ポットを取るためにテーブルに背中を向けた途端、「ああっ」とリリーの悲痛な叫びが聞こえた。
何事かとロバートが速やかに振り返ると。
エドモンドがリリーの手首をつかみ、人差し指に次いで親指まで舐め、唇を離すところだった。
「坊ちゃま、ひどい……」
リリーはショックのあまり目がうつろになっている。
「指はナプキンで拭けと教えているのに、私の目を盗んで舐めようとするからだ」
だから先に舐めたのだ、と行為の正当性を主張する若き主だが、それは自分の指を自分で舐めるより問題があるのではないか。
などと思うロバートの疑問が声になることはない。
そして「ここでのその綺羅びやかな笑みは、それこそ公国一の貴公子の笑顔の価値を低める」と感じるロバートだが、これまた口に出しはしない。
濡れ布巾を用意しようと手元に目を落とすロバートの耳に、エドモンドの声が聞こえる。
「ほら、アーモンドだ。いれてやる、口を開けろ」
続けてカリカリと良い音がするのは、リリーだ。
優秀な家令ロバートは「今日も平和だ」と思った。




