ダンス*ジャスパー・4
あなたには何かお分かりになったのでしょう、先生? と言外に含みをもたせるジャスパーに、講師の顔色が悪くなった。
「アイアゲートさん、舞踏会に出たことはある? 近々出る予定は?」
問われたアイアゲートは屈託なく答えた。
「ありません」
「そうでしょうね。あなたのダンスパートナー以外に、こういった踊り方をなさる方は、まずないと思ってください。他の方では無理ね……、ジャスパー君は数少ない例外よ」
卒業パーティで踊る機会があるかもしれないから、基礎は習った方がいい。とダンス講師は助言した。アイアゲートは素直に聞き入れている。
「ジャスパー君に習うといいわ。身長差もちょうどいい加減だから」
一方的に決めてジャスパーに向き直る。
「ジャスパー君、今のダンスは忘れていいわ。間違っても人前で披露することのないように」
真剣な眼差しを受け「はい」と答えると、ダンス講師は力が入っていたらしい肩を軽くおろした。
講師のパートナーを務めるつもりで来たが、予定変更となった。ジャスパーは講師に聞こえるようアイアゲートに提案した。
「音楽がない方が踊りやすいのなら、廊下でいいでしょう」
アイアゲートの腕をとったまま、廊下に出る。部屋の微妙な雰囲気に、ここは出るべきだと判断した。
「フィニッシュのあれは無いでしょう。言わずにいきなりでは、ケガをしかねません」
苦い顔で伝えるジャスパーに向けられたのは、床と平行になった時と同じ、少し悪い魅惑的な笑顔だ。
「他ごとを考える余裕があるのなら、いいかなって」
頭の片隅で彼女の練習相手について考えていたせいで集中してなかったのが、重ねた手から伝わっていたのだと知る。これだから精神系の使い手は、時によって嫌がられる。
と考える今も腕に添えた手から、何かしら読み取られているのだろう。ジャスパーは気持ちを整え直した。
「あの構成のどこに余裕があるの言うのです」
「でも、大丈夫だったでしょう? 頭は打たなかったわ」
アイアゲートが「踊ろう」と言わんばかりに向き合う。仕方なく合わせると、下半身が隙間なく寄せられた。
灰緑色の瞳が揺れもせずに輝く。
「大丈夫だと思わなかったら、しないわ。あんなこと」
あれは舞踏会では踊れない。今回でも自分相手でなければ、どちらかがケガをしてもおかしくはない。
高天井で広い部屋のある邸を持ち、踊りたい時にピアニストを呼び、ダンスが得手で彼女から信頼を寄せられる長身の男。
図書室にある紳士録で男爵ケインズ家の当主はロバート・ケインズと知った。彼女がおじ様と呼ぶ紳士は、高身長なのだろうか。そして薔薇の香りは。
「何事にも基礎は大切よね。ご教授よろしくお願いします」
アイアゲートの言葉に思考から引き戻され、余計な詮索は不要だと切り替える。
「では、一番始めに習うものから順に」
ジャスパーは小さく息を吐くと、一歩踏み出した。




