ダンス*ジャスパー・1
ジャスパーが女性のダンス講師に助手を頼まれたのは、昨日のことだ。
貴族ならば通常家庭教師に習い、習熟度に差はあるものの、ダンスの基礎は社交に出る前に身につけているものだ。
平民はパーティで必要なダンスには馴染みのない者が多いため、学院では二年生から課外活動として、半ば強制的にダンスレッスンが行われる。
見本が必要だと、講師のダンスパートナーとして呼ばれたジャスパーが時間通りに舞踏室へ行くと、レッスンは既に始まっていた。
音楽講師の奏でるピアノの音色に合わせて、十数人がぎくしゃくと踊る。というよりうごめいている。
顔ぶれを確かめるうちにジャスパーはリリー・アイアゲートを見つけた。
襟の詰まった上着に、いつものスカートではなく、裾が床につきそうなほど長い淡桃色のスカートを着ている。
薄布が幾重にもなった軽くふわふわと広がるスカートは、華やかで目をひいた。
組んでいるのは隣のクラスの男子で、ふたりで足元ばかり見ているあたりに実力のほどが知れた。
入り口脇で音楽が切れるのを待って講師に声をかけると、すぐに頼み事を持ちかけられた。
「来たわね、ジャスパー君。先にアイアゲートさんと少し踊ってみてくれないかしら。彼女、初歩のステップを知らないのに、珍しいステップを知っていたりするのよ。聞けば教師について習ったことは無くて、踊れる人に教えてもらって、その方としか踊った事がないそうなの」
講師について習うのでなければ、ありそうな話だ。
「ワルツなのに、癖があって……。とにかく一度見てみたいのよ。ちょっと二人で話し合って踊ってみて頂戴」
ジャスパーはアイアゲートのダンスパートナーに断りを入れ、話から聞くことにした。
「『音楽にあわせる』がよくわからないの。だって音楽が合わせてくれるものでしょう」
異論しかないが、先に言い分を聞きたい。
「楽団? 音なしかピアノでしか踊った事がない」
さらに。
「たくさん人がいるところで踊るのは、危ないと思う」
そして。
「初めての人と踊るなんて出来そうな気がしないけれど……。ケガをさせないよう気をつけるわ」
話せば話すほど、これからすることがダンスだとは思えなくなって来る。
「ひとつ確認しますが、あなたが今話しているのは、ワルツについてですね?」
ジャスパーの問いに、赤毛の同級生は自信がなさそうな口ぶりで答えた。
「たぶんそうだと思うわ」




