貴公子は温めるにも一苦労する・4
「今夜はそのシャツで我慢しろ。次までに合うものを用意してやる」リリーがコクリとうなずいた。
「……なんだ。湯から上がったら、いやに大人しい。先程までの威勢はどうしたのだ」
言いながらエドモンドが手を伸ばしリリーの頬に当てた。
「やっと人らしい温度になったか。髪の芯まで冷えていたが、今は頬が薔薇色になっている」
リリーが無言で頷けば、エドモンドの口元に笑みが広がった。
「これ程扱いやすくなるのなら、次から先に湯に入れ」
またリリーがうなずいた。
「なにか食べるか? それとも飲むか?」
リリーの目が丸くなった。
「坊ちゃま」
呼びかける声は、かすれて細い。
「なんだ」
「どうしてそんなに優しいの?」
今度はエドモンドの目が見開かれた。
頬に当てていた指でリリーの小さな耳を挟む。
それでも手のひらは頬を包めるほど、エドモンドの手は大きい。
「さぁ、考えもしなかったが。気が向いたのではないか」
「いくら火を背にしていても、その薄着では冷えてくるな」
エドモンドは手近な膝掛けを取り、リリーの肩から背中をくるんだ。その上からまだ濡れている髪を丁寧に広げる。
ソファーに戻り元のように座ったエドモンドが声を上げた。
「なぜ泣く」
リリーは答えない。ただポロポロと珠のような涙が溢れるだけだ。
「あぁ、気が向いたと言ったからか? だからと言って気分次第でお前に出ていけと言ったりはしない」
リリーは目を開いたまま。涙だけが、綺麗な粒になって落ちる。
「いつ来てもいいし、いつでもここに入れるようにしてやる」
エドモンドの口調が焦りを帯びる。
「お前がいいと言うまでは世話をしてやる――ロバートが」
「不足があれば言え。なんとでもしてやる――ロバートが」
「だから。そのように泣くな、困らせるな――ロバートを」
リリーがうふふと笑った。
「泣いてないわ。温かくなると目からお水が出るみたい」
「――それは、年寄りの鼻水だろう」
エドモンドがほっと息を吐いた。
「止め方は分からないけど、そのうち止まると思うの。気にしないで」
「なるに決まっているだろう」
「ロバートが?」リリーが小さく聞く。
エドモンドが微苦笑した。
「いや。私が、だ」
まだリリーの涙は止まらない。
「涙が珠になって頬を転がるのは初めて見たな」
エドモンドが指を伸ばして、リリーの涙を一粒受ける。そのまま口へ運んだ。
「甘い、という訳でもない。味は一緒か」
淡々と述べるエドモンドにリリーの目が丸くなる。
「お待たせ致しました。髪を乾かしましょうか、お嬢さん」
ロバートがタオルを片手に戻って来た。




