紳士録は薔薇の香り・1
二年生の前期もリリーの成績は申し分のないものだった。ジャスパー・グレイは規格外。二位ならば実質最上位と言ってよい。
そう誉めるととても嬉しそうにしていたリリーを思い出しながら「宜しいのですか」と、ロバートはエドモンドに問いかけた。
「何が」
分かっているだろうに聞き返された。
エドモンドが明日の早朝から出掛けるので、朝は馬車が使えない。という訳でリリーは日曜のうちに寮へと帰って行った。
リリーが去ったと同時に機嫌を降下させているエドモンドの態度はとても分かりやすい。
「グレイ様のことです」
学年が上がっても体術を選択し、ジャスパー・グレイには多大な迷惑をかけているので何かお礼がしたい。
相談したリリーにエドモンドは「最新版の紳士録の追記分でも落としてやったらどうだ」と答えた。
それをするなら手を握り触れあう必要がある。人目を避けるだろうから二人きりだ。
主が嫉妬深いとロバートは感じたことはないが、それにしても他の男性との二人きりが気にならないのだろうか。つい先程まであんなにぴったりと隣に置いていたのに。それが気になって、つい「いいのですか」と尋ねてしまった。
若き主に対してのリリー。人だと思うから気になるのであり、よく懐いた犬か猫だと思えばどうという事もない。
ロバートは心でそう決めて対処していた。幼子ならあんなもの。リリーはその距離が普通だと思っているのだし、下手に口出しをすればエドモンドが不機嫌になるのは分かりきっている。
リリーが帰れば若き主と朝まで館に二人きりになるロバートは、勿論余計な真似はしない。
「かまわない。グレイの子息は婚約中だが、子までいては結婚しているも同然だ。次期侯爵と決まっているのに他に手を出したりするほど、浅慮でもあるまい」
娘婿の立場でグレイ侯となる身では、エドモンドの言うように浮気は命取りだ。
「落とすのは紳士録で、追記にはポール・グレイの名もある」
高位貴族は長子が生まれると記される。ジャスパー・グレイの子息の名がポールなのだと、ロバートは今知った。
順序が逆なのは誉められた事ではないが、これでジャスパーが次のグレイ侯になるのは確実とみてよい。
「アレには眠らせるよう薬も持たせた」
酒か茶にでも混ぜて眠らせてから異能を使え。と、エドモンドがリリーに小さな薬包を手渡していた。
「効果はいかほど」
「さして、ない」
さらりと言ってのける。
「アレが自分を眠らせようとしていると察すれば、グレイは寝たふりをするだろう。それでいい。長時間手を取り合われるより、何も出来ない状態にしてさっさと済ませた方がマシだ」
もしやこれは嫉妬のようなものなのか。ロバートには判断がつきかねた。
「お嫌ならば、お勧めにならなければ宜しかったのでは」
そのせいで余計な一言が出た優秀な家令に、エドモンドは愚者でも眺めるような眼差しを向けた。




