行儀見習いの作法を教える貴公子・3
坊ちゃまエドモンドが軽く腕を広げるのは「来い」だ。ほんの数歩をリリーは小走りした。
ぽすっとおさまって見上げる。
「どこにするの?」
「お前はどこにしたい」
ご挨拶なら頬だ。屈んで欲しいと手を引くとエドモンドが顔を近づけた。頬にキスする。
部屋が暗くて良かったと思う。じっと見ていていられたら、やりにくい。
「これは初歩だな。この後」
言ったエドモンドの指がリリーの顎を挟む。
「ここだ」
唇に唇があたった。誰に教えられたわけでもないのに、リリーは目を閉じた。
「噛むなよ」
命じられると同時に舐めるように舌が侵入する。同じようにするのかと、リリーも控えめながらも舌を出す。
感触は何に似ているとも言い難い。背中にあるエドモンドの手の大きさを感じる。唇が離れた時には、目で追ってしまった。
「行儀見習いは、これを毎回?」
エドモンドの指が濡れたリリーの唇を拭う。
「そうだ。次から出来るな?」
坊ちゃまが言うならそうなのだろう、いつもよりさらに真面目な顔つきだから。明るいと恥ずかしいけれど、慣れるしかない。リリーは頷いた。坊ちゃまはどこか愉しげだけれど。
「週末は留守にしていたが、変わりはないか」
それを聞きに来てくれたのか。これにもコクリとした。今までだってちゃんとしていたのだから、心配されることなんて何もない。
エドモンドの手が首筋を撫でる。背筋がゾクゾクして、このままいくと胸……と思ったところで、ロビンが引き抜かれた。
明らかにからかっている。お人が悪い。唇が尖りかけるリリーの前で、ロビンの腹にエドモンドの指が入った。
そこは冬に焼いた軽石を入れて暖を取る為に、ポケットになっている。
エドモンドの指は何かを引っ掛けて戻った。暗いなかでも少しの灯をはね返してキラキラとする輪っか状のもの。ブレスレットに見える。そんな所に物が入っていると考えもしなかった。
「私が念を込めたものにオーツが重ねがけして、お前に不審者を知らせるようにした」
その説明でリリーにはピンときた。あれだ。泥に引き倒されそうになって、逆に引き倒した時の、足もとから無数の虫が這い上がるような悪寒。原因はロビンではなく、お腹に仕込まれたこのブレスレットだったのだ。
「坊ちゃま、それすごく気持ち悪いの。もういらない」
オーツ先生が重ねがけしたのなら坊ちゃまエドモンドは知らないだろうが、二度と体験したくないほどの気持ちの悪さだった。
もう嫌がらせもされない。いらないとリリーは強く訴えた。




