行儀見習いの作法を教える貴公子・2
坊ちゃまエドモンドと今までとはちょっと違う「仲良し」になり「行儀見習い」になってからまだ三週間。
先週末もその前も荘園にある館に行ったものの、坊ちゃまエドモンドは外せない用事で留守だった。ロバートおじ様とふたりで過ごす週末にほっとしたのも本当のところで、寂しくはない。
行儀見習いという職は、通常お給金は出ないものだそうだが、住み込みではないので支払うと言う。それ以外の生活の面倒もみてくれると聞き、リリーは申し訳ない気分になったけれど、そこは家令職も同じだと聞き、納得した。
月曜日からの授業の予習を終えて、ぼんやりと窓辺に飾られた薔薇を眺める。
エドモンドが留守でも、リリーが過ごすのはエドモンドの部屋だ。
「坊ちゃまのお役に立てることなんてないのに」
「エドモンド様が退屈しておられる時に、お嬢さんがいて下さると、私はとても助かります」
ロバートは真顔で返し「それにお金の事を気になさるのでしたら」と続ける。
「エドモンド様はお嬢さんには想像もつかないくらい財産をお持ちです。お嬢さんに使うくらいヒヨコのエサ代程度にしかお感じになりません」
よくヒヨコと言われるが、まさか本当にそんな意味だったとは。複雑な気持ちになるリリーの前に、蜂蜜のたっぷりとかかったパンケーキが置かれた。
この蜂蜜も留学先から持ち帰ったものだそうで、アカシアやローズマリー、他にラベンダーの蜂蜜もあり味が違うとリリーが知ったのも今週だ。
「たくさんお召し上がりください」
ロバートの言葉にリリーは大きく頷いた。
歌劇場から戻ったリリーがそんな事を思い出していると、引っかかるような音が鍵穴からした。
クマ執事のロビンを見る。嫌な感じはしないし、ロビンも何も知らせて来ない。
それでもロビンに駆け寄りぎゅっと抱えると、カチリと音が立ち解錠した。ごく簡単な鍵とは知っていたけれど、これほど容易く開くなんて。
鼓動の早くなるリリーにかまわず、高い背を屈めて部屋に入る人がある。ランタンの明かりで顔を確かめるより先に香りでわかった。
大声を上げなくて本当に良かったと思う。目の前の人は、坊ちゃまエドモンドだ。
平然と後ろ手にドア閉め「狭い」と呟く。壁を背にしたリリーとは数歩しか離れていない。
リリーを見、抱きしめるロビンを見て口を開いた。
「驚いているのか、いないのかも分からない。表情がない」
「驚くに決まってる」
ようやく声を絞り出し、どうしてここにと疑問に思う。
「歌劇場ではエレノアばかり見ていただろう」
それでお顔を見せに来てくれたのか。エレノア様がキレイで目が離せなかったのもあるけれど、なんだか恥ずかしくて坊ちゃまを見られなかったのも本当だ。
エドモンドがごく真面目な顔つきで教示する。
「お前は今後他家で行儀見習いをする事もないから、我が家のルールを教えておく。行儀見習いは主への挨拶にはキスをするものだ。頭を下げるだけでは、親愛が不足している」
聞くなりリリーに衝撃が走った。ご挨拶がキス! 友人知人の親しき仲ではそれが基本の国にもあるとは知っている。行儀見習いと主がそうとは、初耳だ。
坊ちゃまには嫌じゃないけれど、他の人にするならそれなりのお給金を貰わなければ、とてもする気にならない。確かに今後、他で行儀見習いをすることはないと思った。
でも「我が家のルール」と言われるなら、他家ではまた独自のルールがあるのかもしれない。




