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行儀見習いの作法を教える貴公子・1

 歌劇場は平場の一階が「良い席」なのではない。良い席とは両側面と後方の金の装飾と重厚なカーテンに縁取られた席だ。

年間契約を結び決まった席を確保し続ける貴族もある。


 社会見学として来場した学院生は初めて来る平民生徒がほとんどで、説明を受けつつ一階に並んで座った。



 リリー達は正装扱いの制服だが、周りの大人達は着飾っている。カミラの隣に着席するスコットによれば、これでも最上級の盛装ではないらしい。


 今日は踊りも入った人気の演目の見せ場いくつかで構成した、いわば宣伝のような公演で、素人向けであるらしい。


そろそろ開始時刻かというころ、客席が急にざわついた。



 皆が後部を見ているのに合わせて、リリーも同じように体ごとぐるりと後ろを向く。


 二階三階を通して作られた部屋のような席にきらびやかな一組の紳士淑女が着いたところだった。

どこまでも黒い夜会服を着た紳士と非の打ち所のない美女は、金の縁飾りと相まって絵画的ですらある。


「なに殿下?」


 髪色でセレスト家と見当をつけたらしいカミラが漏らした言葉に、スコットが小声で答える。


「たぶんエドモンド殿下だと思う」

「凄く綺麗な方」

この感想もカミラ。


「エレノア様よ」

リリーが教える。


「あんなにお綺麗なのに、僕の母と歳は同じだって」


 スコットが取っておきの秘密を打ち明けると、カミラはまじまじとスコットを見つめた。


「うそ」

「本当」


 また三人で振り返りエレノアを見つめる。ドレスのひだひとつまでもが特別に見える。




 エドモンドが何事か耳打ちすると、エレノアが長い睫毛を伏せて口元をほころばせる。


それだけでも見ている方はポーッとなるのに。


 伏せた眼を上げたエレノアは、リリー達学院生に向けて見える位置でヒラリ、手袋に包まれた指先を振ってくれた。


「きゃあっ」

 カミラとリリー以外にも辺り一帯から明るく高い歓声があがる。目にした全員がエレノアに心を持っていかれたに違いないかった。






 今夜の演目にエレノアを誘ったのはエドモンドだ。歌劇場にリリーが行くと知り、学院生を見せるよい機会だと声をかけた。


 子息アレンの通う学園は男子校で女生徒はいない。実際に目に入れる事でイメージを掴みやすくなると考えた。


 子供にもエレノア・レクターの美貌は通用するらしい。あまりに遠慮なく見つめるので、悪戯心が起きたエドモンドは、「手でも振ってやったらどうだ」と隣の美女をそそのかした。


「女優じゃありませんことよ」とためらうのは素振りだけで、すぐに極上の笑みと共にヒラリと指先を振れば、歓声が沸き起こった。



 マナーとしては誉められた行為ではないが、珍しい出来事に興奮しているのだから仕方がない。


 さてうちのヒヨコは、と見れば。同じように憧れた顔をして一心にエレノアを見つめている。


 隣にいる私の事など目に入らないようだ。エドモンドはこみ上げる笑いをかみ殺した。



「どうかなさいまして」

目敏く気がついたエレノアが、扇で口元を隠して問う。


「いや、子供は正直だと思って。美しいものにしか目がいかぬようだ」


 暗に自分は添えものだと伝えれば、エレノアが可笑しくてならない様子で笑う。


開始の合図が響いた。


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