女の子のおしゃべり
話し声がする。聞き慣れた声だ。
「ねえ、アイア。最近髪がツヤツヤよね。何を使ってるの」
廊下でするのはカミラの声。アイアと呼ぶなら、答えるのはリリー・アイアゲートだ。
寮の共有部で書き物をしていたジャスパーは手を止めた。
「オイル。おじ様にもらったから、カミラの分もないか聞いてみる」
「おじ様って……ケインズ様?」
カミラの声が上ずる。
「それは、駄目よ。欲しくて言ったわけじゃないの、急にキレイになったから聞いただけなの」
「これから週末ごとに会うから、ちゃんとしておかないとお小言をもらうの」
「まあ、今までのアイアはちょっと酷かったものね」
アイアゲートの髪はある日を境に急に綺麗になった。境が分かるのは自分だけだろうと思っていたジャスパーは、訂正した。カミラもだ。
「月曜日に帰る」と言い残して去ったあの時、確かに月曜日の教室にアイアゲートはいた。
教科書で口元を隠し他に聞こえないようにして「迷惑をかけてごめんなさい。ありがとう」と目礼した彼女からは、薔薇の香りがした。
脳裏によぎったのは、見学会に訪れた大公家の三男タイアン殿下だ。けれど、アイアゲートはあの方がタイアン殿下だとは確信のない口ぶりだった。
香りが混じるのを嫌い、使用人に同じ系統の香りをつけさせる家もある。彼女は大公家に仕える誰かと、接点があるのかもしれない。
考えるジャスパーの手は完全に止まっていた。
「お顔も粉をふきそうだったけど、最近は潤ってるわね」
「冬は乾燥するから仕方ない。これもおじ様がクリームをくれたから、ちゃんと使わないと次が来てたまっちゃうの」
そこは体術で触れるほど近くにいても、男のジャスパーには分からないところだ。
「アイアは手を抜き過ぎるから、言われるくらいでいいかもね」
「ええっ!? 私普通にキレイにしてると思うのに」
心外だという口ぶりに、カミラの声が重なる。
「そういうキレイとはまた違うのよ」
すぐに他の生徒も気がつくだろう。アイアゲートの変化に。
「来週の社会見学はどこにしたんだった? 」
「音楽会。見たことがないから。カミラは?」
「私も同じよ」
「じゃあ一緒に行こう」
立ち話はそこで終わりらしい。違う方向へと向かう足音がした。
余計な詮索はしない主義ではあるが、ケインズ家が気になる。図書室には今年版の紳士録が届いているはずだ。
ジャスパーは立ち上がった。




