貴公子は温めるにも一苦労する・3
エドモンドは、ワイングラスに手を伸ばした。
浴室で家令ロバートの声がする。
「湯の中で揉むと良いのですよ、このように。解れて血流がよくなります」
「大丈夫? こう?」
「はい。お上手です。次からはご自分でできますね」
「教えてもらったから大丈夫。坊ちゃまは自分でするの?」
口にしたワインにエドモンドがむせた。
「坊ちゃまは霜焼けが出来るような所へは行かれませんので」
「じゃあ坊ちゃまは、髪は私みたいに洗ってもらうの? 耳の後ろもちゃんと洗わなくちゃいけないって知ってる?」
エドモンドはまた、むせた。
諦めてグラスを脇の小机に置く。
「坊ちゃまの髪はお嬢さんのように長くはないですから、ご自分で洗えますよ。耳の後ろは――さぁどうでしょう。お湯から上がったら窺ってみては?」
「……そうする」
浴室が静かになる。
「あまり長湯になるとのぼせますよ。そろそろ上がりましょうか」
答える声は聞こえない。
「眠くなりましたか。もう少しだけ頑張って下さい」
あやすようなロバートの声がする。
体を拭いてやり何かを着せている気配が伝わった。
湯気の立つようなリリーが、トコトコと暖炉へと一直線に歩み寄った。
あらかじめ用意されていたクッションにお尻を乗せ、ロバートに言われるまま暖炉に背を向ける。
一人掛けのソファーで寛ぐエドモンドの正面だ。
「エドモンド様。申し訳ございませんが、しばらくお嬢さんをお願い致します。ざっと片付けて参ります」
言い置いてロバートは浴室へ戻った。腕捲りもしていたが、どこもかしこも水分を含んで重たげだ。ロバート本人も着替える必要がある。
エドモンドの向かいの床にクッションを置いて、ぺたりと座るリリーの頬はキレイなピンク色。
色の無かった唇は木苺のようにふっくらとして艶々と紅い。
目はとろんとして、もう半分閉じそうになっている。編んでいた髪はほどくと背中まであった。
洗ってくすみも取れ、珍しいほどの赤毛だ。
重そうな目蓋の下からリリーにまばたきもせずじっと見られて、エドモンドは口を開いた。
「温まったか」リリーがこくりと頷く。
「浴室の使い方は覚えたか」リリーがうなずく。
「次からは一人で入れるか」リリーが首を傾げる。
「まぁいい。分からなければまた聞け」また頷く。
まだ家令ロバートの戻る様子はない。
「そのシャツ一枚で寒くはないか」
リリーの着ているのは、狩猟パーティーの為にエドモンドが持って行った絹のシャツ。これが馬車にあった、というよりこれしか無かったのだろう。
袖口を折り上げて長さを調節し、丈は膝下まである。
「大きすぎるな」エドモンドが呟いた。




