貴公子は抱えたヒヨコを放さない・1
呼び鈴の紐が引かれ、家令ロバートは若き主の居室へと出向いた。
下がってよいと言われたが、まだ日付けがかわる少し前だ。この時間なら日頃から起きているし服装も整っている。リリーお嬢さんが眠っているなら物音は立てたくない。扉は叩かずに入室した。
入るなり寝台を見るのはどうかとテーブルに目をやれば、意外な事に三人がけソファーにエドモンドがいた。
横倒しにした布包みの端を膝に乗せているこの形は、と考える前に思い出した。
いつかの年末、リリーをこっそりと離宮に連れて帰った時のブランケット巻きと同じだと。
「お飲み物でしょうか」
寝台に寝た形跡はあるが目立った乱れはなく、夜中に直すほどでもない。素早くチェックしたロバートに、エドモンドが足元に落としたバスローブを目で示した。
「焼却しろ」
と言うのなら、つまり。無言の一礼にエドモンドは淡々と続けた。
「コレがシーツを汚すのは嫌だと言い張るので、着せたままだった。他に汚れ物は無い」
構図が分からず困惑するロバートは思い描く途中で、想像してよいものではないと気づく。瞬時に打ち消した。
「全く、始末が良すぎるのも考えものだな」
「無事に済みましたのでしょうか」
失礼でありおかしな事を聞いていると思いながらも、今のエドモンドなら尋ねても良いように思えた。
「過去にないほど手短に済ませた。コレに嫌われたくはないからな」
普段なら答えないような質問に、眉をひそめるでもなく返す公国一の貴公子は、見た目には分からなくとも、平常心ではないのだろう。
常と違うのは、胸元がはだけている点。鍛えもしていないのに美しく筋肉がつき、男のロバートから見ても感心するほどだ。人種が違うとしか思えない。
「エドモンド様ならば、何をなさっても嫌われる事などございませんでしょうに」
心から述べる。
「さあ、どうだか。コレは他とは違う」
苦笑すら様になるエドモンドの言葉に、ロバートは笑みだけを返した。
女性なら夢心地になるだろう公国一の貴公子との一夜を、最上はあっさりと早く済ませることだ、と本気で言うのだから、確かにリリーは他とは違う。
同じ事を考えたらしいエドモンドも、わずかに口角が上がっている。若き主が満ち足りているならそれでいい。
ならば呼ばれた訳は。まさか珍しく感想を述べたかったはずもない。考えを読んだかのようにエドモンドが口調を変えた。
「これの内面を読んだが」
主の顔つきが冴え冴えとしながらも気怠げな理由が分かった。「バックドア」なるものを使って記憶を読むのは、疲労を伴うのだと以前に聞いている。
それで。ロバートは姿勢を正した。




