貴公子は育てたひよこに誘われる・2
「抱っこしてくれる?」
期待に胸がわくわくするのも、きっと酔っているせい。
「歩けないほど酔ってはないだろう」
エドモンドの見立ては正しいが、リリーは言い張ることにした。
「坊ちゃまより大きくなるまでは抱っこしてくれるって言った」
「言ったか?」
「言いました」
そのお顔なら坊ちゃまだって忘れていないくせに。だって責める口調をどこか楽しむ顔をしている。
「言ったな」
エドモンドが片手でリリーを抱いて立ち上がる。子供の頃のように肩に手を回したリリーは、エドモンドの髪をツンと指の先で引いた。
「坊ちゃま、何もしない?」
出たのはこんな声で聞こえるのかと思うほど、細い声。
「――お前が望むなら」
エドモンドの声音は何ら変わりない。
「坊ちゃまの手が好き。顎とか撫でてもらうと、へにょってなるけどそれも好き」
「お前の趣味はよく分からない」
どうやらそこは異能をもってしても伝わりにくい部分らしかった。
「無理はしなくていい。嫌ならそう思え。言わなくても伝わる。私は途中で止められないほどの若造でもない」
お行儀の良いエドモンドの口から「若造」などと、出るだけで可笑しい。
「笑うところか。というよりただの酔っ払いか」
呆れ半分に言い、まだ笑っているリリーの唇を人差し指で押す。驚かせようとパクリと咥えると。
「何でもかんでも口に入れるな」
エドモンドは驚きもせず、指を引き抜いた。
「勝手が違いすぎて、どう始めていいものか」
リリーの首筋を長い指が撫でおりる。ゾクゾクする感触に目を閉じると、なだめるような声がした。
「眠ければ、このまま眠れ」
「嫌。まだ坊ちゃまと起きていたい。寝たら夢がさめちゃうかもしれない」
こんなに都合良く幸せな再会があるわけがない。どこかでリリーはずっとそう考えていた。
今までも充分幸せだったのに、望みすぎては神様に嫌われる。いるかどうかも知らないし、信じてもいないけど。
「なら目はずっと閉じたままでいるがいい」
エドモンドの声が染み入る。
「望むものは何でも与えよう。お前が夢かと思う日々を送らせてやる。したい事は私の隣ですればいい。私の持てる力は惜しまずお前に使うと約束しよう」
信じられないことを軽々と口にする。リリーは聞かずにはいられなかった。
「坊ちゃま、どうしてそんなに優しいの」
前にもそんな事を聞かなかったか、と問われて、覚えていないと正直に伝える。
「まあいい。私も何と返したかまでは記憶にない。私が優しいとお前が思うなら『相手がお前だから』としか言いようがない。私は必要のない事柄を考えたりはしない」
リリーがこっそりと目を開けると、金茶の瞳はすぐそこにあった。エドモンドが薄く笑う。
「先に言っておくが、期待してくれるなよ。お前相手では、全くもって自信がない。ここからは目を開けるな」
リリーは二度と開けないと誓うように、ぎゅっと目を閉じた。
「おろすぞ」
声と共に背中に柔らかな感触が伝わる。一気に酔いが醒めてしまいそう。ねだったのは私なのに。
リリーの周りで薔薇の香りが強くなった。




