貴公子は育てたひよこに誘われる・1
エドモンドが帰国時に持ち帰ったシェリーは強い酒だ。よいペースでグラスを空けるのに、エドモンドもリリーも傍目には酔った感じはしない。
長い夜になりそうだとロバートが思ったところで「後はいい」とエドモンドが言い、ロバートは部屋を辞した。
「お前はまるで酔わないな」
顔色を見るエドモンドにリリーは「そうでもない」と返した。無言でも理由を問われていると分かる。
「だって坊ちゃまにくっつきたいから」
「……お前は冬の方が懐く。私の事を暖をとる道具のひとつとでも思っているのだろう」
それで酔っているのか、と疑う様子ながらも、軽く腕を広げるのは「来い」だ。リリーは喜んで久しぶりの膝に乗った。
「――なぜ跨がる」
エドモンドの視線はバスローブからニョッキリと出たリリーの膝にとまっている。
「前もこうだったから」
暖炉の前で座るなら、前に暖炉背中に坊ちゃまが一番好きだけれど、顔を見ながら話すならこうだ。
「遊んで、坊ちゃま」
リリーが誘えば「好きなゲームを持って来い」と言った後に、エドモンドが思わずという様子で笑う。
「ここには無いか。昔の家と錯覚した。時の感覚が曖昧になっている。私も酔ったようだ」
そんな風には少しも見えない。リリーはエドモンドのグラスを持って一口飲んだ。先ほどから注ぎ分けるのが面倒になり、ひとつのグラスを二人で使っている。酔っているというなら、これもそうなのかもしれなかった。
「何をして遊ぶ」
聞かれて、最近女の子の間で流行っている遊びを教えた。目につく何でもないものを色っぽく思わせぶりに伝えて、勝ち負けを決める。
すごく面白いとリリーが力説するのに、「さっぱり分からない」とエドモンドは気乗り薄だ。
「まず、私からいくわね」
背伸びをしてエドモンドの耳元に口を寄せる。吐息を交ぜながら内緒ごとのように言うのがコツだ。
「お・さ・け」
ふうっと息を吹きかけるとエドモンドの肩が揺れた。
「驚いた? 勝った?」
「勝ったも何も、私はまだ何もしていない。次は私の番だ」
エドモンドがリリーの腰に手を回して、髪の上から囁く。
「ちいさな、耳」
くふっと漏れる笑いをリリーが両手で押さえる。
「勝ちは私のものだ」
早くもエドモンドから勝利宣言が出た。
「まだまだ。く・る・み」
リリーはペロリと耳を舐めた。エドモンドが、何をすると咎める目つきになる。
「それは反則だろう」
「舐めちゃダメなんてルールはありません――」
得意げに顎を上げるリリーに、あっさりと引き下がるエドモンド。
「お前がその気なら。『細い、指』」
「きゃあっ。噛んだ、坊ちゃまが噛んだっ」
それはダメだと騷ぐリリーにエドモンドが、片眉を上げる。
「噛むのが禁止だとは聞いていない」
禁止に決まっている、とゴシゴシと耳を擦りながらの訴えに、笑いが返った。
「こんなくだらない遊びが面白いと感じるのは、さすがに私も酔ったな」
「じゃあじゃあ、最後ね。し・ろ・い・バ・ラ」
リリーはテーブルの上にあるもので揃えた。
エドモンドはリリーの髪を耳にかけると唇をギリギリまで近づけ「柔らかな・唇」と言い、唇を触れさせた。そのまま続ける。
「私の勝ちか」
ピタリと身を寄せたリリーの吐く息はもうずっと熱い。
「負けたみたい。クラクラする」
目を閉じたままで敗北を認めるリリーの耳に。
「ベッドへ行くか」
エドモンドの問う声がした。




