貴公子は育てたひよこに迫られる・3
「え、私教えてもらうばっかりで、坊ちゃまよりできるものなんてない」
リリーがくりくりとした目でロバートを見る。
「ならば『お話相手』があっただろう」
わずかに苛立つエドモンドに、「それは極めて高い身分の奥様につける侍女の内でも身分のある女性の職種で、お嬢さんはあてはまりません」などと教示するロバートではない。
「手を付けたら、コレの先の幸せを私が潰すようなものだ」
若き主の言う「幸せ」とは、乙女のまま嫁ぐ事だと思われるが、そんなものを厳格に求めるのは貴族のみで、階級の違うリリーには関係がない。
以前のように一緒に過ごそうと思えば、リリーの主張が現実的だと思うのに、主人のこのためらいは。ロバートは思いつきを口にした。
「タイアン殿下の子羊ですか」
「育てたヒヨコを若鶏になったからと自分の手で潰すような気分だ」
当たったらしい。苦々しい顔のエドモンドに、ありのままを告げる。
「ヒヨコはいつまでもヒヨコではありません」
その「かつてヒヨコだった若鶏」は静かにしろと言われた言いつけを守って、ピッチャーの内のフルーツを木べらで潰してワインに沈めるのに夢中だ。こっそりと口に入れているのは見つかっていない、と思っているらしい。
それはあちらの国では食べないものだと教えるべきか。主従はなんとなくそれを見守った。
「経験のない女を相手にしたことはない」
声を抑えてエドモンドが告げる。
「することは同じでは」
お前は他人事だと思って言ってくれるな、とボヤくエドモンドが珍しく年相応の若者に見えて、ロバートの口元がほころびそうになる。
「気がすすみませんか、エドモンド様」
「すすまない」
「できませんか」
「出来なくは無い」
エドモンドが即応する。リリーが子供に見えないのなら。こういうものは機会を外すと拗れる場合がある。今までロバートが見聞きした限り、必要なのは勢いだと思われた。
逡巡するエドモンドも、リリーを手放したくはないのだ。階級差は越えようがなくどのみち結婚に繋がらないのは、お嬢さんも承知の上だ。後のことは後で考えればいい。
それをどうエドモンドに伝えるべきかと思案するロバートの前で、エドモンドがリリーに問いかけた。
「お前は、誰かからその『やり方』は教えられたのか」
リリーはあっさりと「ううん」と返して続けた。
「知らなくても、男はみんな教えたがりだから心配いらないって」
エドモンドの微妙な表情は、そのまま自分の表情だろうとロバートは自覚した。
「他には何を知っている」
お尋ねにならない事をお勧め致します。と口の中で唱える家令をよそに、リリーはスラスラと返した。
「しつこくて長い男は嫌われる。あっさりと早く終わるのが最高」
「それは誰から聞いた」
エドモンドが頭痛を堪えるような顔をする。
「街に立ってたお姉さん」
「それは商売の話だろう。おかしな話を拾い聞きするんじゃない」
はあい。答えたリリーが真面目な顔を作った。
「坊ちゃま、無理強いは良くないから、今の私で不足なら待つわ。――いつまで待てばいい?」
エドモンドの返答がないとみると、今度は矛先をロバートに向けた。
「おじ様、待ってもダメだったら、どうしよう……」
本気で考えこんでいる。そしてロバートはこの問いへの答えを持たない。
「ロバート、シェリーがあったな。持て。飲まずにはいられない」
エドモンドが呻くように命じた。
ロバートから見ても、リリーは美しくなった。そして何より大人びた肢体を大きなバスローブで包み、昔の愛らしさをそのまま発揮するリリーは、絶妙なバランスの上に立っている。
我が息子エリックならすぐに応じてもうベッドの上だろう。それに比べて悩むエドモンドは誠実だと言える。
「しつこくて長くても我慢するから大丈夫」
可愛らしい顔で唆し励ますリリーに、「本当にお前は口を慎め」とエドモンドが厳命する。
不本意だとこちらを見るリリーに気がつかないふりをして、ロバートはシェリーの栓を抜いた。




