貴公子は育てたひよこに迫られる・1
エドモンドが「湯を使うか」と口にしたのは、軽口のつもりだったのだろうが。
リリーは何のためらいもなく「そうする」と浴室へと向かった。
だから子供に冗談は通じないと申し上げたのに。と、ロバートが視線に込めた非難は懲りない若き主にきちんと伝わったらしい。
エドモンドは「もう子供という歳でもない」などと、若干後ろめたそうにしつつワイングラスを傾けた。
浴室から漏れる水音を聞きながら飲むのは以前からの習慣だが、それが良いご趣味であるかどうかは、ロバートには今も判断がつき兼ねた。
「アレの着替えはあるのか」
エドモンドの問いへの答えなら、当然「ございません」だ。この館へお嬢さんが来るとは思ってもみなかったので、リリーの物は全て公都にあるケインズ家に置いてある。
「おじ様、このバスローブ少し大きいみたい」
ほわほわと湯気を立ててリリーが戻ってきた。上品な紺色のバスローブはエドモンドのものだ。
「さようですね。近いうちにお体に合うものを用意しますので、今夜はこれでご辛抱ください」
言いながら長すぎる袖口を折り返してやる。布の重みで胸の打ち合わせが緩んでいるが、そこにはあえて目を向けずにおくのが、出来た使用人というものだ。
「お嬢さんは、ミルクでございますか」
ミルクには異国から運んできた特産品の蜂蜜を入れようと考えるロバートを、エドモンドが遮った。
「サングリアを出してやれ」
サングリアとはワインにカットした果物とスパイスをいれ、蜂蜜やシロップなどの甘味で味をととのえた異国の飲み物だ。しかし作って一日寝かせる必要がある。
「すぐには……」
「『サングリアのような物』でいいだろう。これの養父から、酒に弱くはないと聞いているが、量を知っておきたい」
エドモンドの言うのも、もっともだった。男と共に働き飲みに行きでもして酔いつぶれたら、何があるか分かったものではない。
「おじ様、私もそれが飲みたい」
ねだるリリーはエドモンドの勧めるものなら美味しいに違いないと思っているのだろう。瞳が期待に輝いている。
「しばしお待ちを」
ロバートはあっさりと陥落した。
「坊ちゃま、わたし、初めては坊ちゃまがいい」
通常より甘く作ったサングリアはお気に召したらしい。
大事そうに舐めながらリリーが口にした一言に、家令ロバートは持っていた銀器を落としそうになった。
それはエドモンドも同じだったらしい。一瞬で波のたったグラスを持ち直して、慎重に尋ねる。
「何の、初めてだ」
そう、世俗に穢れた大人が純真無垢な少女の言葉におかしな解釈をしては、リリーに顔向け出来ない。
職業意識の高いロバートもまた、瞬時に気持ちを立て直した。
「初めての手ほどき。十三になったらお客をとるところだったでしょう。いろんな事があってなくなったけど。あの頃ずっと思ってたの。初めてが知らないおじさんじゃなくて、坊ちゃまならいいのにって」
どうやら考え違いではなかったらしい。ロバートは主人と視線が合うのを避けようと、背中を向けた。




