運命といえるかもしれない出会いの日・2
見知らぬ男を物怖じもせず真っ直ぐに見上げる、街角に立つ少女。
公都でも珍しい見事な赤毛を、キレイに一本の三つ編みにして背中に垂らしていた。
着ている服は、この辺りの子供にしては質が良く、清潔そうだ。靴も新しくはないが綻びてはいない。
子供らしい柔らかな頬の顔は、汚れていない。
男が大通りからここまで歩くうちに目にした、下町らしく身なりに構わない子供達(つまりは薄汚い子供達)とは、一線を画する様相だ。
「大通りの混雑で、当家の主人の乗った馬車が立ち往生しておりまして。先を急ぎますので、迂回路はないかと探しているところです」
男は子供相手に真面目に答えた。
「ふぅん。だったらこの道は、だめ。あそこまでは太いけど、その角から細くなって先は行き止まりだもの」
少女の小さな指が示す方向は、言われてみればそう見える。
「だいたい、大通りの裏で馬車が走れる道なんて、ここらには無いって知らないの?」
リリーに呆れた目を向けられて、男が苦笑する。
「そうですね。急ぐなら歩くべきでしょうね」
「そんなカッコウで歩いてたら、一丁も行かない内に怖い人たちに囲まれるわ」
リリーが更に呆れる。
ただでさえ馬車からのおこぼれで、みな妙に浮き足立っているのだ。
こんないかにも「持っていそう」な男が現れれば「神のお恵み」に見えること間違いなしで。身ぐるみ剥がされるに決まっている。
説明するリリーに男が尋ねた。
「では、もし目立たない格好で歩けば、安全にここを抜けて市庁舎の角まで行けますか」
「道は分かりにくいけど、行けるわ。十五分もあれば」
リリーの足では、二十分以上かかるが、大人の男ならそれくらいで着くだろう。ただ道順がかなり分かりにくい。そう男に教えてやる。
男がひとつ頷いた。
「分かりました。猶予はありません。服装が整えば、お嬢さんに案内をお願いできますか」
分かりにくい道順の道先案内人には、リリーが必要だ。
リリーも素早く考えを巡らせた。
この騒ぎでは今日の売り上げは、目標まで届かない。大通りの向こうのシマで借りも作りたくない。
お金はどうしたって欲しい……決まった。
「いいわ。このお花をまとめて買い上げてくれるなら、案内してあげる」
ちょっとした花束の五つ入っている篭を、自分の顔の高さまで持ち上げ、男に見せる。
「お安いご用です」
あっさりと男は了承し「準備を調えたらすぐに参ります。しばしこちらでお待ちを」と言い残して、大通りへと引き返して行った。