再会は金曜日・1
この場所に馬車が止まっているのは珍しいと思った。
黒塗の家紋のない馬車は、馬に詳しくないリリーが見てもわかるほどの良馬の二頭立て。馭者は定位置につき、いつでも動ける状態だ。
脇の通路を歩きながらリリーが横目で見ると、窓の目隠しには少し隙間があるだけで中の様子は窺えない。
ついでのように馭者に目を移すと、見覚えのあるというよりよく知る顔だった。
目を丸くするリリーにむけて口元をほころばせる馭者。どうしてここに。
考えるより先に駆け寄り扉に手をかけ思いきりよく引き開けた。
扉は抵抗なく開き、内には男性がひとり驚きを隠さずにこちらを見つめていた。濃紺のフロックコートを着用しているのは、正式な会合の帰りだからか。
艶の良いミルクティー色の髪は、最後に別れた時と同じように整えられ、金茶の瞳は常にないほど見開かれている。
目も鼻も口も全ての造形が整い、造り物めいた感すら漂う公国一の美貌と名高い貴公子。
「坊ちゃま」
リリーが呼びかけると、三年半ぶりに会う貴公子エドモンドは、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「せっかく教育を受けているというのに、お前の行儀の悪さは変わらないようだ」
長い脚を優美に組み、奥側の肘掛けに置いた手で頬を軽く支えて言う。
「そのように力まかせに扉を引き開けるとは」
学校はお行儀を学ぶ所じゃなく、勉強をするところだけれど、それは今はいい。
まるで昨日も会っていたかと思うほど聞き慣れた声で嘆息する坊ちゃまエドモンドに、言いたいことがリリーにはたくさんあった。
「坊ちゃま……、お変わりなく」
なのに無難な言葉しか出て来なかった。
「お前はしばらく会わないうちに、綺麗になった」
今度はリリーが驚く番だ。分かりやすくエドモンドが苦笑する。
「驚くようなことか。言われ慣れて聞き飽きているだろうに」
言われないので聞き慣れない。リリーは返す言葉もなく黙る。扉を開けたまま固まるリリーの顎を、エドモンドの伸ばした指がすくい上げた。
「もう子供ではないな。大きくなった」
実感のこもる口ぶりに、気恥ずかしさを感じてリリーは思わず目を閉じた。顎に触れる絹の手袋の感触が、気になって仕方ない。
「なぜ、そこで目を閉じる」
「……手袋がくすぐったいけど、すべすべで気持ちいいから」
わざとらしいため息と共にエドモンドが喉をくすぐった。うふうふと笑い首をすくめるリリーに、「ウサギというより猫か。帰ってきたと実感する」と呟く。
触れ方が絶妙で、やめて欲しいのにもっとくすぐられたい。リリーは顎と肩でエドモンドの指を挟んだ。
「撫でられたいのか止めてほしいのか、どちらだ」
「わかんない」
何も考えられなかった。




