宝探しの夜に・2
言葉を発しない事がジャスパーの返答になった。
「お気持ちに感謝いたします。ですが行き違いになるといけませんので、こちらでお待ち頂いた方がよろしいかと存じます。そろそろお戻りになります」
紳士が微笑を湛えたまま確信のある口ぶりで続ける。
「『朝になってから戻ろうと思ったけど、案外月光が差し危なくない。少し歩いてみようか』などと考えて、のんびりとその辺りまでいらしているかと」
そんな事がどうして分かる。思った瞬間、ジャスパーはアイアゲートの気配と位置を認識した。
歩いて十五分もかからない。思わず紳士の顔を見る。それで伝わったらしい。
「私には感じ取る能力はございません。行動から推察しただけです」
そう口にするのに、紳士の視線の先はジャスパーの感じる方向と違わなかった。
「グレイ様がいて下さるのでしたら、私はこれで失礼致します。学校行事に保護者が口出しをしては、過保護と誹られましょうから」
後はお願いいたします、と初めと同じように丁重な挨拶をされる。
屋敷にいる家令に似ている、そういった職種に違いない。だからといって礼を失してよいという事にはならない。
ジャスパーも同じように深く一礼した。ひとつだけ尋ねる。
「ケインズ様がいらしたと彼女に伝えますか」
ケインズと呼ばれて否定しない紳士は、柔らかな笑みを見せた。
「いえ、それには及びません。では」
立ち去る姿を見送るうちに、ふとアイアゲートの寝言のような一節を思い出した。
「困った時にはおじ様が助けに来てくれる」
「おじ様」に当てはまる年齢だ。彼女が頼りにするのは、この紳士なのではないか。
ジャスパーとアイアゲートとの付き合いは一年になる。性格や行動は理解しているつもりだが、それ以外のこと、出身地などは知らない。
彼女にまつわる出どころ不明の悪意混じりの噂があるせいで、そういった内容の会話はみな意図的に避けていた。
そしてケインズ氏は本人が爵位持ちでもおかしくないほどの紳士で、明らかにかなり上級の使用人だ。
では、アイアゲートはどうか。
高位貴族に「アイアゲート」の名はないし、何より彼女の立ち振る舞いが、令嬢らしくない。
ならば他国の上流階級の令嬢。それにしては、公国語に慣れている。しかも本人が自覚して使い分けているかどうかは別として、上流から下流まで言葉遣いが幅広い。他国人とは考え難い。
自分はリリー・アイアゲートについて、何一つ知らないのではないか。
考えるうちに、気配が近づいた。こちらから行けば、より早く合流できる。
ジャスパーは教師の目を気にせずに森へと向かった。




