薔薇の名残・2
「それにしても、どうして分かったの」
「あなたから、薔薇の香りがします」
ジャスパーがあっさりと告げた。リリーにはオーツ先生の香の方が強く感じられるのに。
「何をお話ししたの? 何を聞かれたの?」
矢継ぎ早のカミラの質問に、リリーは考えつつ答えた。
「占っていたからそれ関連のことよ。私の占いに茶々を入れるから、なかなか進まなくて。そんな感じだったわ、ずっと」
「ずっと……。で、何か聞かれなかった?」
「特には。最後に名前を聞かれたけど『言わないよね』っておっしゃったから、そのままにしてしまったし」
「名前を聞かれた?」
小さく聞き返したカミラは「でも、言ってないんだものね」と、気を取り直したように息を吐く。
それがどうかしたのか。疑問に思うリリーに応えるように、ジャスパーが引き継いだ。
「私は噂話は好みませんが、これは自分が目にしましたので」
前置きを入れて話し出した。
ジャスパーは数人の級長と教職員と共に来賓の出迎えをした。そのなかにレイチェル・マクドウェルもいた。
紅薔薇を身に着けた貴公子を目にした彼女は、どなたであるかが分かったらしい。名を名乗りご挨拶をしようとした。
高貴な方に下の者から声をかけるのは失礼とされるけれど、案内係であり生徒だ。ギリギリ許容範囲だろう。
そこをやんわりと貴公子が止めた。
「本日は見学に来ていて、しかも代理だ。私は理事のひとり、君達は本学の一生徒として接するつもりでいる」
つまり「個人的な挨拶は不要であり、受け付けない」と。皆、すぐに理解した――マクドウェル以外は。
それでもなお名乗ろうとする彼女に、ジャスパーは仕方なく「私より先にあなたがご挨拶申し上げるのはおかしい」と注意した。
ジャスパーは挨拶しないので、当然彼女も名乗れない。それでようやく気が付いて顔を赤くしたらしい。
「そのやり取りの間、お客様は微笑していらしたけれど、私のほうが縮み上がったわ」
偶然居合わせたというカミラが添える。
「僕そこにいなくて良かった」
イリヤの感想はリリーと全く同じだ。
「それなのに、アイアにはお尋ねになるなんて」
異能でも使ったの? と聞くカミラに、「まさか」とリリーは指先を顔の前でひらひらとさせた。
万にひとつでもそんな事をしたら、例え何の影響も及ぼさなかったとしても、お咎めなしには済まない。
「聞かれたと言っても、答えは求められていなかったのだし」
「アイアの事を、気に入られたのかしら」
などととんでもない事を言われ、リリーは仰天した。
「ええっ!? そんな感じじゃなかったわ。大体、あのお化粧では素顔はまるで分からないもの」
目の周りをぐるりと囲んだ太いラインを思い出したらしいカミラが、ほっとした様子で笑う。
「そうね。オーツ先生独自の美学が炸裂してたものね」
「そうよ」
迫力のある目元美人は、今のリリーとは別人だ。
合わせて笑うリリーに、ふと薔薇の香りが蘇った。同時に「寂しい?」と尋ねる声と息遣いまで思い出す。
寂しいなんてあるわけがない。こんなに楽しい時間をお友達と過ごしているんだもの。
――恋しいなんてない。




