紅薔薇の貴公子・6
「本当にお時間です」と懇願調の声に合わせて、貴公子が大げさに首をすくめる。そんな姿も舞台役者めいて様になる。
人気役者より、この方の方が数段素敵なのに決まっている。役者など見たことが無くてもリリーはそう決めつけた。
「女の子と楽しくおしゃべりする時間もないとは、なんとも窮屈な身だ」
ぼやきながらもこれ以上のわがままは言わないらしく、立ち上がる。続いてリリーも立とうとすると、とめられた。
「見送りはいい。君が見送っていると思うと振り返りたくなるだろう?」
どこまで冗談なのかがさっぱり分からない。思うリリーの前に、片手が伸ばされた。
戸惑ったものの握手だと気づく。急いで手を握った。片手では足りない気がしてもう片手も添える。
タコもザラつきもない爪まで手入れの行き届いた手指は、リリーのよく知る手と同じだ。
「寂しい?」
唐突の事に聞き違いかと「え?」と聞き返してしまった。その失礼を謝ろうとリリーがすくい上げるように見た先には、労るような眼差しがあった。
「家族と離れての寮生活は、君にとって寂しいものなんだね。ご両親が恋しいんだろう?」
やはりさっきは「寂しいのか」と問われたのだと理解して、同時に気がつく。この瞬きの間に読まれたらしいと。
リリーの感情を読んだ気配は無かったし、読む必要もない。意図せずして感じ取ってしまったというのが正解に近いように思う。
坊ちゃまの「近づくな」に合点がいった。つまりはこういう事なのだろう。
手を引き抜きたい気持ちを、リリーはなんとか耐えた。
それも伝わっているはずなのに、貴公子はそこには触れずにしっかりと手を握ったまま、左手で胸ポケットから紅薔薇を抜き取った。
「後は帰るだけだから、これは君に。少しでも慰めになるように」
そう口にしてリリーの上着の胸ポケットにまだ固い薔薇の蕾を挿す。そこでようやく握手が解かれた。
香りが移るようにリリーを取り巻く。目頭が熱くなるのをおさえるのに必死なのは、見ぬふりをしてくれるらしい。
貴公子は大きな歩幅で扉まで着くと振り返った。
「名前を聞いても、教えてはくれないのだろうね? オーツの愛弟子」
聞かせてと言われればお答えした。でもこう聞かれたなら。
リリーは黙礼を返すにとどめた。よくわからない感情が渦巻いて声にならない。
「今日の一番は君に会えたことだ」
そう告白した貴公子は、誰もが惹かれるに違いない笑みを残して扉から出ていった。




