紅薔薇の貴公子・5
紅薔薇の貴公子はお話し上手だった。
「なるほど。あえてひとつ二つ違う回答にしてみても、結果は同じなんだね。さすがはオーツだ」
わざわざ違えるなんて。
「試してみる意図がわかりません。正直に答えなくては、占えません」
そんな方あなた様以外いません。リリーが唇を尖らせてそう言い返せるくらい打ち解けたのは、それこそこの方のお人柄だ。
「確かに。君の言うとおりだ」
笑顔を大きくして貴公子が返す。
やはり先を知る必要はないらしく、性格を占ってみたり、心の深いところを探ってみたり、同じカードでこんな使い方ができるものかとリリーが感心するほどの思いつきを、次々と試していく。
この方に言わせれば「どれもそれらしい解が出るところが、いかにもオーツ」だそうだ。
「オーツ先生と親しくていらっしゃるのですか」
普通なら失礼だろうが、聞けてしまうような気安さがこの方にはある。
「親しいというなら、私より兄だ。オーツは兄の学友だから。今日も私は兄の代理でね」
話していると扉が控えめに叩かれた。
「そろそろお時間です」
呼び掛けに「あと十分」と返すのは二度目。さすがに大丈夫だろうかと、リリーのほうが心配になる。
そわそわと落ち着かない気持ちが伝わったらしい。
廊下から扉越しに「畏まりました」と聞こえた後で、「いつも二回まではいけるんだ。三回は通らないが」と、秘密を打ち明けるように声を潜める様子がおかしくて、リリーは笑い声を上げた。
「こんな事で笑ってくれるなんて、君はいい子だね」
それこそこんな事で感心されても。
「だっておかしくて。楽しいのは、きっと『初めて』ばかりだからです。大人になると楽しい事をたくさん経験して珍しくなくなるから、そんなに笑わないのかも」
リリーが自説を披露すると、なぜか貴公子は流し目をくれた。
「そうか、そういうことか。なら、君に沢山の初めてを教えたいね。良い事から悪い事まで全て――私が」
どうしてこう逐一思わせぶりな言いようになるか。それすら今のリリーには笑いの種だ。
「やれやれ。私がこう言えば、ご令嬢は揃って頬を染めてくれるものだが。君は違うらしい」
嘆いて見せる貴公子もまんざらでもない様子なので、これも笑わせようとしているのだろう。
「君が社交界に出る日が楽しみだ。私は面白そうなパーティーには上から下まで顔を出すから、すぐに会える。その時はダンスに誘うから、断らないで」
上から下までと強調するのは、リリーを下位貴族の娘だと思っているから。オーツ先生が目をかけている生徒なら平民とは考えにくいし、リリーの振る舞いは上位貴族の子女のものではない。
本当は舞踏会に出るような層じゃなくても、ここは「はい」以外ない。
再びドアが叩かれた。




