紅薔薇の貴公子・4
リリーはお返事に困ってしまいますという様にしているが、見えているのは目と手だけ。それで困惑が伝わるのかどうか怪しいものだ。
「お顔が全く見えないね」
言われてリリーが答えるより早く、副校長が返す。
「今日は見学者を対象にした催しを各所で行なっておりまして。こちらはそのひとつで……」
言いながらリリーに目配せする。何をしているのかまでは把握していないのだとすぐに理解して、後を引き継ぐ。
「オーツ先生監修による『占いの部屋』です」
少し考える風にした貴公子が「オーツは、アンガス・オーツ?」と問う。
どうやらお知り合いらしい。
「彼、ここにいるの」
「はい。2年ほど前から常勤講師として勤務頂いております」
問いには副校長が返した。
「それは少し興味が湧くね。占ってもらおうかな」
無理なくお断りしたい。坊ちゃまが「近づくな」と言うからには何か理由があるはずで。禁じられた事をしたいお年頃でもなく不良娘でもないと、リリーは自負している。
「占いは一対一で行うものです。そうでないと本心を話してもらえないので」
先ほどまでは親子揃ってだったけど、それは未成年だから、という言い訳を心の内で添える。
付き従っているなかには、貴公子の身を守るお役目の方もいるはずだ。お一人になることを許しはしないだろうと、リリーは考えた。
「そうだろう。占いは会話から相手を探っていくものだから。少なくともオーツ監修ならそうだ」
理解を示される。そこまでご存知なら、占う必要はないのでは。御身には幸せな未来が約束されているのだし。
と思ったことも伝わってしまうかもしれない。リリーは視線を外した。
「それなら私だけ入室しよう。他の者はそれぞれで」
「承知致しました。では、済みましたらお呼び下さい」
副校長より先に、あっさりと返す方があった。
あんぐりと開きかけた口をとどめたリリーにちらりと視線を投げた貴公子が、面白そうにする。
「目論見がはずれたね」
この方を誤魔化すのは難しい。
リリーは素直に「はい」と認めた。もう少し言い繕うなりすると思われたかもしれないが、基本的に無駄な努力はしない主義だ。
「護衛があっさりと引き下がったのが不思議?」
これも「はい」だ。
「ここの視察は本来の予定にはなかった。だから何か企てようにも準備はできない。それに君は女の子だ。この部屋には君以外誰もいないし、鍛えていない私でも君より弱いということは無いからね」
おっしゃる通りだ。リリーには返す言葉もない。
「邪魔はなくなったし、立ち話もなんだから、そろそろ君の部屋へ入れてくれないかな」
言い方のひとつひとつが、どうしてこうも思わせぶりなのか。一緒にいた方々も平然としていたところを見ると、普段からこうなのだろう。
坊ちゃまとは全然違う。もうお顔も似ているとはあまり思わなくなってきた。
「薄暗いので足元にお気をつけください」
リリーは全てを受け渡すような気持ちで、部屋へと招き入れた。




