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時は今・4

 後ろからジャスパーの声がし、左腕がリリーの肩を抱くように前にまわされた。


 リリーの頭に顎をおけそうな近さだ。高い位置でくくった髪が顔にあたってくすぐったいんじゃないかと思う。



 注目が一気に学校一身分の高い秀才に集まるなか、気にもとめずジャスパーは耳元で囁く。


「あなたが泥に座り込んだほうが、この後がやり良かったのでは? 同情がかいやすい」


「それはイヤ」

何を言うのかと、リリーは即座に却下した。一旦はそうも考えた、でも。


「洗濯をしたことのないジャスパーには分からないでしょうけど、泥は本当に落ちないのよ。服がダメになっちゃう」


 冗談じゃないと口早に訴えると、頭上から涼やかな笑い声が返った。声をたてて笑うのはとても珍しい。



「それは失敬。さて」


 ジャスパーは改めて膝をついている男子を見おろした。


「マンゼさんと記憶していますが、間違いはありませんか。私のクラスのアイアゲートが失礼をしたとの事ですが」


「してないわ」

唇を尖らせて割って入っても、まわされた腕に力がこもっただけだった。


 相手が口を開きかけるのを、小さく頷くだけで制したジャスパーが言葉を重ねる。


「仮にアイアゲートがぶつかったのだとしても、相手はかよわい女性です。それでそのような醜態はいかがなものでしょうか」


辛辣な物言い。瞬時に空気が変わった。


 ほら、こうなる。あまりに予想通りでリリーから乾いた笑いが漏れた。自分が頑張ったところで、こうはならない。



 才能も身分もある有名人ジャスパーが颯爽と現れ「女の子」を庇ったことで、少しぶつかっただけで尻もちをついてしまうようなヒョロリとした男子は情けない、みっともないと嘲る雰囲気が出来上がる。


鮮やかな形勢逆転。もはやリリーの出る幕ではない。


「女性に対し『謝れ』などと口にするのは、およそ紳士的な態度とは言えません。学院では学園ほど品格を求められないとはいえ、公国男子として恥ずべき発言です」


 だから学園に合格できないのだ、とほのめかされて図星だったのだろう。男子生徒が顔色をなくした。



「身体的な特徴は変えられない部分もありますが、努力で補えることもまた多いものです。人とあたった程度で転倒するようでは、女性をエスコートする事もできません」


 ジャスパーの語りに大きく頷くのは女子生徒ばかり。ドレスを着た時に踵の高い靴で転びそうになったら、支えるのは男性の役目。確かにマンゼでは一緒に転んでしまいそう。



 ここまで優踏生らしい微笑を浮かべていたジャスパーが、すっと口角を下げた。膝をついたままの彼を見る態度に威圧感がうまれる。


「私は立場の弱い者を軽んじる行為や、私の級友に対しての干渉を好みません。誰にも等しく学院内で健やかに過ごし教育を受ける権利がある。それを阻害するようなら、ひとりとして許すつもりはありません」


 高らかに声を張るでもなく、自分の考えを告げるだけなのに、そこにいる全員が聞き入っていた。


 言われた彼は膝だけでなくお尻まで泥につけてしまっている。洗っても泥染みは取れないだろうが、気にする余裕もないに違いなかった。


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