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時は今・2

 リリーがゴネて出された妥協案が「ロビンの顔さえ出ていれば持ち運び時に手提げ袋の使用可」だ。


 リリーの感覚では、ロビンが見ているかどうかは関係ないと思うのに、ジャスパーは「この熊の何かを企むような含みのある目つきが重要です」なんて言う。


「そんなことない。ロビンは可愛いもん」

リリーは独り言のように返すのがやっとだった。



 うっかり置き忘れたらどうしよう。そう思っていたけれど、ロビンの存在感は大きく無用な心配というものだった。


 クラスでも優秀とされる精神系の異能を持つ男子は、ロビンと距離をとりながら「同性嫌悪の感が……お嬢様じゃなくて、お坊ちゃまだね」と、ロビンを正しく男の子と言い当てた。


 同性嫌悪ではなく悪人嫌悪だと思うのに、そこは読み違えたらしい彼は、その後ロビンを「おクマ様」と真顔で呼び、毎朝挨拶をしてくれるようになった。








 ロビンを連れていても驚かれる事もなくなり、どちらかと言えば「今日も一緒かどうか」を、よく分からない期待と共に確かめられるようになった頃。


 雨上がりの今日は、身体系能力者の体力測定が行われる予定となっていた。そうでない者は記録係や測定係を務める。


 一年生は秋までいないので、今いる二年生三年生の合同体力測定だ。



 クマのぬいぐるみを持ち歩いていることを、他学年にも知られてしまうと思うと、すでにリリーは恥ずかしさで気が重い。もはや学校中に知れ渡っているかもしれないという考えは、無理やり否定しておく。


 作業中は手元に置いてはおけない。かと言って手放すわけにもいかない。


 いっそ上着の内側に入れてボタンを掛けようかと半分ヤケになりつつ、ロビンを入れた手提げを持ち、会場となる講堂へと、ひとりリリーは急いでいた。



 講堂へ向かう人そこから戻る人で混雑した通路を、泥濘(ぬかるみ)を避けながら歩いていると、いきなり足下から悪寒が走った。


 たくさんの虫が這い上がるようなゾワゾワとした感触に「ひっ」とリリーの口から声が漏れる。


 慌てて脚をすり合わせても、感触はまるで変わらない。人の流れのなか立ち止まって、スカートを持ち上げて見ても意外なことに虫一匹いない。


 靴の裏まで確かめていると、いきなり強い力で手提げが引かれた。



 咄嗟に「あ、すみません」と口にし、つんのめりそうになるのを堪える。けれど昨日の雨で、粘土質の土と雑草が主な路面は滑りやすい。


 こんな所で引っ掛かるものだろうか。思って初めて、この悪寒はロビンが誰かの悪意を知らせてくれたのだと理解した。


 それにしても、この不快さはない。他にも伝えようがあるでしょう、とロビンに言いたいけれど、今はそれどころではない。


 ロビンからジャスパーに知らせがいっているはず――オーツ先生が失敗していなければ――なので、駆けつけてくれるまでこの状況を維持しなくてはならない。



 このまま泥に足を取られて派手に転んでみせようか。無様な姿を晒せば、それを見て楽しみ、しばらくはここに留まるに違いない。


 でも。相手はまだ手提げから手を離さない。瞬時にリリーは決断した。


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