機を見る・7
「長い髪が高い位置で括られて揺れるのを見るのが、好きでしたが」
「そうなの? 髪なんて伸びるわ。どうして切ったのか、また説明がいる?」
投げやりではないが、とても面倒そうに口にする。
「いえ。何故沈黙を守るのかと、それを考えていました」
音楽祭の一件も耳にしてはいたが、身分のある者が下を弄るのはあること。階級意識は、強い家とそうでない家がある。
ジャスパー同様、あまり露骨な態度は見よいものでは無いと思う貴族はいても、制止まではしない。
それは誤りだったとジャスパーは今、後悔しているのであるが。
アイアゲートはあっさりと理由を口にした。
「機を見てるの」
「機を?」
これは異なことを。
「そう。私とマクドウェル様が喧嘩したとして、私に味方してもいい事はないでしょう。だから、みんなただ見てるだけだと思うの」
ジャスパーは、今日のもマクドウェル様絡みだと思ってるんでしょう? と、アイアゲート自ら口にして続ける。
「私に身分がないから『こんなことをされた』と訴えても『そんな事実はない』と返されたら『言い掛かりをつけた』ってなるわ。違う?」
返す言葉に迷うジャスパーに「違わない」と歌うように言う。
「だから待ってるの。周りに人がいて、騒ぎになっても私に勝ち目のある時を」
ふふんと鼻を鳴らすようにして、すっかり目を閉じる。
この話はこれで終いだ、とでも言うつもりか。ジャスパーは抑制をきかせた声を出した。つい低くなるのは仕方がない。
「味方はいらない。そう考えていますか」
スコットもカミラもあれほど気にかけているのに。
「巻き添えにしちゃったら、責任が取れないもの。それにお友達に頼るのは良くないわ」
拒絶しているわけではないと思わせる、小さな声。ジャスパーはそこに真意を見た。
「スコット達はともかく、私はあなたの言う『巻き添え』になっても、問題はない。知った以上、見ぬふりもしません」
アイアゲートから返事はない。
「頼るのが嫌なら共闘といきましょう。級長である私は、他のクラスからの干渉を好ましくないと感じています。あなたの件を切っ掛けとして、手出しをしないよう通告したい。ですので――」
言葉を切ったジャスパーはアイアゲートを改めて見た。もう半分微睡みのなかで、細部まで理解しているようには見えない。
「今夜はここまでにしましょう。あなたに味方する私にも利がある。それならば手助けしてもかまいませんね?」
決めつけると「そうね」と、とろんとした声が戻る。
「あなたに信頼されたいと願います――アイア」
どうせ覚えていないならと伝えると、全く違う返答がもたらされる。
「助けて欲しいときは『たすけて、おじ様』って呼べばいいのよ。そうしたらおじ様は絶対に来てくれる。だからね、簡単に呼んではダメなの」
かみ合わない会話は、何を話しているのか本人も分かっていないのだろう。
一口も減らない冷めた紅茶をよけ、ジャスパーはアイアゲートの背中に毛布を掛けた。
「あったかい」
吐息混じりにこの上なく幸せそうに呟く。
「暖炉猫を飼いたい」
その時は軽蔑すら覚えたオーツ先生の発言だったが、今のジャスパーにはその気持ちが理解できる。そんな自分に対して笑いが漏れた。
彼女の寛ぎぶりも信頼のひとつの形と思えば、荒れていた気持ちも鎮まる。
勝ち目があると見た時には騒ぎを起こす、とアイアゲートは明言していた。その時には居合わせて加勢しなければ共闘にならない。
よい方法を考えなくては。ジャスパーは指を組み目を閉じた。




