機を見る・6
一連の流れを思い出してアイアゲートに「誰がこんなことを」と問えば、彼女は自分の知る事実だけ話し、推測を語らなかった。
横木が渡されていたと伝えても、素っ気無く「そうですか」で済ませる。
ジャスパーが苛立つ心を抱えて寮まで戻るとペイジの姿は玄関になく、探す間に浴室を使うよう、アイアゲートに勧めた。
裏手にいたペイジとモンクを見つけ、かいつまんで事情を話した。明日改めてと約束する。
部屋へと戻りつつ考えるうちに、苛立ちの原因を理解した。
腹が立つのは、アイアゲートの置かれた状況を軽く見ていた自分に、だと。
恐縮しながら浴室に行ったアイアゲートは、出てくるとほわほわと湯気が立つようだった。
他人の部屋で着るべきではないバスローブは、珍しいほど地がよく、およそ庶民的なものではなかった。異性にバスローブ着用の「常識」は伝え難い。ジャスパーは見ぬふりをすると決めた。
オーツ先生の部屋で眠っていた時の位置どりを思い返して、同じ配置にしたクッション。
ジャスパーの逡巡など知りようもないアイアゲートは、当然のような顔で落ちつき、髪を広げて暖炉の熱を行き渡らせるようにする。
オーツ先生は彼女を「暖炉猫」と呼んでいた。「私に懐いているんじゃなくて、暖炉が好きなのよ。この猫は」と。
気持ち良さげに目を細める彼女を見れば、そう呼ぶ理由がよく分かる。
「何を考えているのですか」
空いたスペースにティーカップを置きながら、つい尋ねた。
「暖炉のある生活が遠いなって」
湯からあがったアイアゲートは、心までほどけたようで語尾が柔らかく、いつかの夜をジャスパーに思い出させた。
「遠い?」
顔の見える位置に座り脚を組んで、繰り返す。
「そう。私の部屋には、暖炉はないの。ここにはある。ジャスパーの位置まで来ないと手に入らないなら、ものすごく遠いと思ったの。あ、ジャスパー様を呼び捨てにしちゃった」
「ジャスパーで構いませんよ、アイア」
軽く応じて続ける。
「暖炉がお好きですか。寒がりで」
「寒がりだけど、寒さには強いの。それはよくて、私の夢は暖炉のあるお部屋に住むことなの」
「それでしたら、難しくないのでは。暖炉のある家を用意できる男性と結婚すればいい」
アイアゲートはあまり外見に頓着しないが、ジャスパーから見てもそれなりの美人だ。可愛らしさの方が目立つが、男子間でも密かに人気がある。
密かであるのはマクドウェル嬢に嫌われているせいだと知ったのは、つい先日だ。
その見目の良さに彼女ほどの高い能力があれば、かなり裕福な家からも縁談は舞い込むはず。そう考えるジャスパーに微かに笑う気配が伝わった。
「ジャスパーは知らないのね、愛って冷めるものよ。暖炉を持ってる男の人と結婚しても、別れたら暖炉はなくなっちゃう。死に別れだってあるわ。そんなのアテにできない。確実なのは、自分で手に入れることよ」
モノを知らないと年少のように扱い、したり顔をするアイアゲートの猫目石の色をした瞳は、半分目蓋に隠れている。
知らずジャスパーの唇に笑みが浮かんだ。




