機を見る・5
アイアゲートのいる倉庫はすぐに見つかった。ジャスパーも入ったことはないが、演劇に使用した古い道具やら、使われなくなった運動用具などが置いてある倉庫だ。
正面にあたる両開きの扉の引き手には、太く長い枝が渡されていた。外から誰かが差したと一目で知れる。
中から押してもビクともしないに違いない。異能持ちか成人男性でなければ、枝を折るのは不可能だ。
手元が陰になり多少手間取って、ジャスパーは枝を引き抜いた。
用心のよい事に、アイアゲートは呼びかけにすぐには応じなかった。けれど、ここにいるのは分かっている。ペイジの名を出してみた。
ようやく暗がりから慎重にアイアゲートが顔を覗かせ、一瞥して無事を確かめ安堵するも、ジャスパーの内心は穏やかならざるものだった。
しばらく前、リリー・アイアゲートは突然髪を切った。
ジャスパーは居合わせなかったが、朝の教室で理由を問われて「松ヤニがついたので切った」と、本人は気にする風もなく言ったらしい。
後から話を聞かせたスコットが「歩いていて松ヤニがつくなんてことがあるか」と憤る。隣には、青ざめたカミラがいた。
「私じゃダメかもしれない。力になれないわ」
そんなことはない、と力づけるスコットに「アイアがキレイに笑うのは、困っている時なの。なのに私に力がないから相談もしてくれない」と、涙声になる。
「少しいいですか。あなた方の言い方では、まるで誰かが故意に松ヤニを彼女の髪に擦りつけたように聞こえます」
ジャスパーの指摘に、スコットの眼差しが真剣味を帯びた。
「ジャスパー様はご存知ないんですね。マクドウェル様がアイアを嫌っていると」
マクドウェル家とグレイ家は、これまで付き合いはないものの、マクドウェル家の当主がなかなかの野心家で、軍中枢にいるグレイ家と縁を持ちたがっている、と大人から聞かされている。
「子供間の付き合いには口を出さない」と併せて言われており、ジャスパーの持つマクドウェル嬢の印象は、良くも悪くもない。
「嫌っていると言っても、そのような行為をマクドウェル嬢がするとは思えませんが」
良家の子女がわざわざ松ヤニを採取して他人の髪にすりつけるなど、考えにくい。
冷静に考えを述べるジャスパーに、震える声が反論した。
「ご本人がなさらなくても、周りの人がご機嫌取りで面白可笑しいこととして、嫌がらせをするのはありますわ、きっと」
伯爵家ならば取り巻きはいるだろう。媚びる者もいるかもしれない。子供社会は大人社会の縮図だと言われるように。
独りを好むと態度で示している自分と違い、マクドウェル嬢は社交的な性格だ。男女を問わず信奉者はいよう。
唇を震わせるカミラと厳しい顔つきのスコットを前にすれば、勘違いではないかと言う気は、ジャスパーにも無くなっていた。
そしてアイアゲートが「誰のせいでもない」と口にしたなら、簡単には翻さないだろうとも考える。
「どちらにせよ、彼女から何か言い出さない限りは、出来ることはないようですね」
ジャスパーの出した結論に、返事はなかった。




