機を見る・3
ジャスパー・グレイの部屋は、リリーと同じ寮にあるとはとても思えないまるで別世界だった。
坊ちゃまエドモンドの街の家の部屋に近いかもしれない。
寝台と文机と椅子、小さなチェストしかないリリーの部屋と違い、木目の通った光沢の美しい揃いの家具は見るからに高級品。当然のように立派な暖炉があり浴室までついている。
寮まで一緒に戻ると、ジャスパーに「よければ私の浴室を使ってください」と言われた。
自分では見えないが、髪にもクモの巣やホコリが絡んでいて、このままベッドに入るのはちょっと、という状態らしい。
寮の入浴時間は過ぎてしまっていて使えない。ありがたくお申し出を受けることにした。
自室に寄って取ってきたバスローブは紺色。エリックが入学祝いにくれたもののひとつだ。
「バスローブ使うひと、初めてみたわ」と、カミラは妙に感心していたけれど、夜着に着替えるまでの間にぴったりだ。地も厚いし肌触りもよい。
「お先に失礼しました。お湯、ありがとうございました」
ゆったりとした気持ちになって浴室から出たリリーに、ジャスパーが物問いたげな顔をしたのは、カミラと同じ理由、バスローブだろうか。
これで身体を包んでしまえば、雑に拭いて水気が残っていても吸ってくれるので、便利なものだが。
紳士であるジャスパーは、思うところはあっても、バスローブについての感想は述べないようだった。
暖炉を背にして髪を乾かすのにちょうど良い位置の床に、クッションが置いてある。そこに腰をおろして、椅子の座面に腕を乗せ顎までのせれば、いつもの姿勢の出来上がり。
リリーは自然な流れでそうした。
「何か飲みますか」
続けては浴室を使わないらしいジャスパーが聞く。
暖炉の隅にシュンシュンと音をたてる湯沸かしが目についた。
「でしたら、お湯を」
「わかりました」
ジャスパーは慣れた手つきでお茶を淹れる。どうやらお湯は却下されたらしい。
「グレイ様のおうちには、家令がいないの?」
坊ちゃまは自分でお茶を淹れたりしない。淹れるのは決まって家令のロバートおじ様だ。ジャスパーがティーポットを持つ姿は不思議な感じがする。
「おります。父についてもいますし、他にも家々に置いています」
ジャスパー個人にはついていない。そういうものなのか、と考える。
「ペイジさんとモンクさんには、無事を伝えてあります。明日、お顔を見たいそうです」
同じ寮にいても全く顔を見ない人もいるのに、ふたりとは生活時間が似ているのか、一日に一度は顔を合わせる。
姿がないのを不審に思ってくれたのだろう。
「迷惑をかけちゃった。明日謝っておく」
背中が暖かくホワホワとした気分で反省するリリーに、「そうして下さい」とジャスパーがお茶を差し出した。




