オーツ先生の部屋・3
「身体系と精神系の能力を併せ持つとなれば、他からの詮索は避けられないでしょうね。私の見るところ、今の程度に留めてこれ以上伸ばさなければ、気付かれることは、まず無い」
その見解はジャスパーの体感とほぼ一致していた。
「これ以上の能力は、もうあなたには不要なんじゃないかしら。居場所の特定ができるのも、伏せた方がいいわね。間違いなく女子には嫌がられるもの」
嫌がられるのはどうして。わかるような分からないような。
「先生はなぜ僕の立場寄りのお考えを?」
「あなたが教え子で私が教師だから。なんて言いたいところだけれど、能力を過信して落伍する例を見知っているからよ。過ぎた力を使いこなすには、成熟した精神が必要なのよ、そこが難しいところね。他に聞きたいことは?」
それ以上詳しく語る気はないと、言外に滲ませる。
あると言えばいくらでもあるが、今でなくともよいような気がした。
「アイアゲートは、いつ目覚めるのですか」
ジャスパーの質問に、今日初めてオーツ先生の顔に困惑が浮かんだ。
「それ、聞いちゃう?」とか何とか。
もう陽も落ちている。寮まで一緒にと思うのは当然のことだ。
「予測がつかないわ」
オーツ先生の珍しくきまり悪げな様子に、嫌な予感を覚える。
「だって、これ。『お茶の味を甘く感じさせるエキス』だったんだもの。味覚を変化させるはずの。なのに、このコすぐコテンって寝ちゃったのよ」
ぎょっとしてカップを見れば、半分近く飲み残している。
「あなた今夜はここへ泊まるか、人目につかない時間まで待って運んであげるか、なさいな。そうよそれがいいわ」
良いことを思いついたかのように言うオーツ先生は、そろそろ帰宅したいのだろう。
ジャスパーは開きかけた口を閉じた。何を言っても無駄な気がした。
「身体能力強化もセレスト家に縁続きなら、三倍いけるんでしょう? このコを抱えるくらい楽勝よ」
などと口走る先生を見ると、正直に話した事に不安を覚えさえする。
「大丈夫よ。自分の好きなヒトにだって気持ちを知られないくらい堅いんだから」
まるでジャスパーの考えを読んだかのように、口の堅さを誇るオーツ先生。この部屋の内装はその「好きな人」の趣味だろうかと思い当たるが、聞きはしない。
「あなたの恋も、そんな恋になるかもしれないわ。でも苦しい気持ちをもて余す時期を越えたら、『生きていてくれたらそれでいい、ありがとう』って気持ちになるから」
そこまでが酷く苦しいけれど、などと気怠げに息を吐き、目つきをトロリとさせるのは、過剰に思えるが。
「ご忠告いたみいります。ですが、恋など僕には不要ですので」
熱を冷ますように端的に返すジャスパーに、「若いわね」とさらに短く済ませたオーツ先生が「ねっ」と言いながら、暖かそうに色づいた頬をつつく。
反応はまるで無い。重さは問題がないが、アイアゲートと熊のぬいぐるみを一度に抱えるにはどうしたらいいだろうか。
ジャスパーはヒタリと据えられたままのロビンの視線に、「嫌なら自力で歩け」と念じてみる。
もちろんぬいぐるみは微動だにせず、オーツ先生の口角が上がるばかりだった。




