オーツ先生の部屋・1
ジャスパーの探す人物はオーツ先生の部屋にいた。
異能専任講師は代々個室を引き継ぐ。変わり者が多いことと、傍目には使い途の分からない道具や物があふれ、職員室では邪魔になる事が、特別扱いの理由らしい。
「あら、珍しいお客様ね。どうぞ」
言葉とは裏腹に少しも驚くことなくオーツ先生はジャスパーを招き入れた。
「失礼致します」
室内は落ち着いた色調で品良く整えられ、オーツ先生の服装や持ち物からすれば、どこか印象がかみ合わないようにも感じられる。
三月は屋内でもまだ寒いが、暖炉に火の入ったこの部屋は暖かい。
ジャスパーの探していたリリー・アイアゲートは、火の近くに据えられた寝椅子で腕を枕がわりにして、すよすよと眠っていた。
床の上に座るのは行儀が悪いが、暖炉の前に分厚い敷物が敷かれているところを見れば、彼女のこの姿勢は珍しくないのだろうと察せられた。
「あなたも火のそばへどうぞ。今日は冷えるわ」
ジャスパーが勧められるままに安楽椅子へ腰をおろすと、オーツ先生は眠るリリーの隣へ座り、サイドテーブルでお茶を淹れ始めた。
人が寝ているのに会話の声を落とそうともしない。自分も合わせて普通の大きさで話しているのに、彼女は身動ぎひとつしない。これ程眠りが深いなどという事があるのか。
「先生、何を使われましたか」
単刀直入に聞いたジャスパーに、オーツ先生は目を細めた。
「その問いは、異能を使っていない、と分かってのことかしら」
「確証はありませんが」
「何となくでもわかるわけね。この眠りはキノコのエキスの効果よ」
思わずジャスパーは頬をピクリとさせた。それはエキスではなく毒では? と問いたい。
「きのこ狩りで、神経に作用する性質を持つキノコを採ってきたから、試してみているところなの。元はこのコの発案よ。『異能の偽装に、実物を使ってみるのはどうか』って」
黙するジャスパーに具体例をあげる。
「例えば、睡眠薬で眠らせたと見せかけて――実際に使いもするんだけど――、裏で『退行』をかける、とかね。起きて何も覚えていなくても『お茶に一服盛られて眠くなったんだ』と思うでしょう? 退行は口が軽くなる傾向があるから、その間に聞きたいことが聞けるわ」
言いながら「はい、どうぞ」と紅茶を勧められても、すぐには手を出しかねた。
「やぁねえ、これには何も入ってないわよ」
カラカラと笑われて、ジャスパーは仕方なくティーカップを受け取った。気が進まない事はこの上もないのではあるが。
気になるといえば。
「その熊のぬいぐるみは」
赤毛の同級生の膝横で、床に座り入口を向いているクマは、ちょうどジャスパーと視線の交わる位置にいる。
「このクマにも、何か感じるの? グレイ家とは思えない優秀さだわ」
大げさに誉める一方でグレイ家を貶める。グレイ家は精神系の能力を軽んじる家風である事を揶揄しているのだろう。
が、こちらを値踏みするような熊の顔つきに比べれば、オーツ先生の発言はまるで気にならなかった。
淡々とすすむ話にお好みが分かれるかもしれない、と気になりつつ。
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ぜひこれからもお目にかかれますように☆




