貴公子は隠れ家に連れ帰る・3
――そういうお年頃があるのか。親切を言うと悪態をつくみたいになるの。
昨日のトムを思い出して少しだけ温かい気持ちになる。
指先の感覚がない。冷えすぎた手を頬で温めようと両手を頬にあててみても、同じくらい冷えていて手の当たる感じすらない。
良くないとリリーは思った。手足から始まって頭の中まで凍えそう。毎年こんなことはある。
もう何もかもがどうでも良くなって、このまま寝て目が覚めなければその方がいい、と思う日が。
通りで馬車が止まった。この場所に馬車で来てお姉さんを買う人は稀だ。
寒くなり始めのせいか、今夜は人出もお姉さんの姿も少ない。男たちは寒さしのぎにまだパブで酒を飲んでいる時間で、お姉さん達も合わせて遅く出てくるつもりだろう。
コツコツと石畳に小さく響く靴音がする。
この暗がりにしゃがんでいて気付かれた事は、今まで一度もない。もっと体が大きくなったら分からないけれど、今夜は大丈夫。
そう思うリリーの前でピタリと足は止まり、よく磨かれた高級そうな靴が、リリーの視界に入った。
こんな所を歩く靴じゃない。顔を上げる気にもならない。
「寝ているのか」
頭上の声に反応して、リリーはちらりと目だけを上げた。よくわからないモノを見た、と視線を地面に戻す。
これは人じゃない。こんなキレイなもの人のわけない。薄明るい珍しい髪色もだけど、光を濃くしたような金色の眼――天使さまに決まってる。
天使なら私の所に来るわけない。
天使は徳を積んだり熱心に教会に寄付をする人の所に現れるんだもの。
リリーはまた、痺れた爪先を手で押し始めた。このままだと今年最初の霜焼けが出来てしまう。
「おい。今、目があっただろう」
天使さまが、何か言ってる。でも相手を間違えている。
「――聞こえていない訳ではないだろう。返事くらいしたらどうだ」
天使さまでも苛つくことはあるらしい。リリーは上目遣いに見上げた。
「来る場所を間違えているわ。天使さま。私は善いことなんかしてないし、教会からはもらってばっかり。だから天使さまに迎えに来てもらえるような子じゃないの」
天使さまも案外そそっかしいのだと思った。外見ばかりが美しくて、神様の飾りのようなもので、中身はあまり無いのかもしれない。
「……天使?」
「天使さまでしょ。そんなキレイなお顔で見栄えがして、いい匂いがする男の人なんているわけないもの」
リリーの頭上で大きな溜め息が吐かれた。
熱心に足先を刺激するリリーの視界を、長い指が遮った。
いつの間にかブクマや評価などなどをして
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