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猫目金緑石 後日談・1

 リリーはジャスパーにもらった猫目金緑石に念をこめた。ちょっとしたイタズラのようなもの。


 ジャスパーだけでなくカミラにも、これはアクセサリーにもしないくらいの石だと言われたので、街の工房ではなく学院内にある彫金同好会に頼んで、石をネクタイピンにしてもらった。



 ジャスパーは制服でもタイピンを使う。外からは見えない下になる側の一枚だけをいつもとめていることを、リリーは知っていた。

他の人から見えないのならクズ石でも関係ない。


 仕上がったタイピンを包みもせずにそのまま差し出すと、ジャスパーにしては珍しく戸惑った様子をみせた。


 級友は誰も気が付かないだろうが、表情が僅かばかり変化した。


「差し上げた物を返されるというのは」


 石をそのままではなくピンにしたのに、そう言って固辞する。「とりあえずお手に取って」とリリーは強引に押しつけた。


 すぐにジャスパーが「おや」という風に、石を凝視して聞く。


「何かしら付加したのですね」

「もう気がつかれましたか。悪いものではありません」


 こんなに早く見破られるのは、リリーにとっても予想外で、彼の非凡さを見せつけられる思いがする。


「イタズラくらいのちょっとしたものです。ちゃんと発動すれば、ですけど」


 悪いものではない、安心して欲しいとニッコリとするリリーに、微妙な間があったものの、「では遠慮なく」とジャスパーはピンを受け取った。


彼の気が変わらないうちにと、急いで側を離れる。


「本当は発動しないほうがいいんだけど」


リリーはジャスパーに聞こえないように口にした。







 長期の休み以外には近寄らないグレイ領の本邸をジャスパーが久しぶりに訪れたのは、侯爵家の一人娘で婚約者のジャカランス・グレイが無事男児を出産したと報せが入ったからだった。


 自分の子でないのはさして気にはならず、遠縁で昔から面識のあるジャカランスの安産は、喜ばしく感じられる。侯爵夫妻にも心からの祝意を述べた。


 ただ、ジャスパーが普段通りに振る舞えば振る舞うほど、かえって周囲に気を遣わせ腫れ物に触れるような扱いを受ける事になった。それが精神的な疲れを蓄積させた。



 本来ならば「屋敷に帰る」と言うべきなのだろうが、本邸には「行く」寮へは「帰る」と言うほうが、今はしっくりと来る。


 一人きりの馬車の中で、ジャスパーは大きく息を吐き、肩を軽く動かした。他に見る者がなくても、いつものように背筋を伸ばし姿勢を崩さず座っているが、揺れの響く腰にも背中にも疲労を感じていた。


 常にはないことだが、泥に沈み込むような重さを体に感じ、目を閉じた。



「とてもお疲れね、ジャスパー」

 不意に聞こえるはずのない声がした。耳にした言葉をなぞろうとすると、再び聞こえるた。


「気をつけてお戻りになって。できれば早く……ね」


柔らかく頭に直接響くような語りかけ。


 咄嗟に目を見開いて周囲を確かめるが、もちろん馬車には自分以外は誰もいない。夕闇のせまるほの暗い空間があるだけだ。



 しばし考えて、丸い灰緑色の目をした同級生を思い出した。


「なるほど、ずいぶんと可愛らしいイタズラですね」


 ジャスパーはあえて声に出し、ジャケットの上からタイピンのある位置を手で押さえ深く座り直すと、目を閉じた。


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