優しさの距離・2
何を着ようか迷った挙げ句、リリーは学校で着ているそのまま紺のワンピースに灰色の上着に決めた。
これならお祈りに参加しても失礼ではないし、知る人が見れば学院生だとわかる。どこの誰とも知れない女の子が手伝うより安心してもらえるだろうと考えてのことだ。
教会の裏口から次々と食材が運び込まれるのを手伝って並べるうちに、帽子を目深にかぶった男性が、リリーの目を引いた。
「あれ」と見直せば、「じゃ、ソーセージはここ置きましたんで」と、そそくさと背を向ける。その声にも聞き覚えがあった。
「トム、トムじゃない?」
声が聞こえない距離でもないと思うのに、立ち去ろうとするのを追いかけて、リリーは男性の肘をガシッと掴んだ。
「ねえ、なんで知らんぷりするの?」
そむけられた顔を覗けば、思った通りそれは肉屋の三男坊、幼なじみのトムだった。
「会わない間に忘れちゃった? リリーよ」
「イイトコのお嬢さんの知り合いは、いないんで」
極力目を合わせないようにするトムの顔が歪んで見える。
――そういうこと。一瞬にしてリリーは理解した。
トムは怒っているんだ、と。小母さんには知らせたけれど、トムには挨拶もなしで行ってしまったから。あれほど仲良くしていたから、逆に腹が立って仕方がないんだ。
母のことから、アイアゲートの父母への気兼ねもあったし、歩いて行くには遠い市場を訪ねる気持ちの余裕も時間もなかった。
でも、そんな言い訳はひとりよがりで、トムには関係ないし伝わりもしない。
じわりとリリーの目に涙が浮かんだ。
「……ごめんなさい。本当に」
こんな風に泣くのはまた自分勝手だ。
「人違いでした」
リリーは謝りながら手を離した。ペコリと頭を下げ涙がこぼれないうちに急いで踵を返す。
「あ――。泣くなよっ。お前、本泣きになると止まらないだろ」
焦る声がしてリリーの顔に布が押し付けられた。
なんだろうと思ったら、トムの着ているシャツの裾だった。絶対にきれいじゃない。
「……トム、ハンカチにして欲しい」
「そんな洒落たもん、持ってるかよ。泣きながら笑うとかやめろ」
言いながら周囲を窺ったトムが「ちょっとこっち来い」と、物陰にリリーを誘う。理由は分からないながらもリリーは大人しくついて行った。
「なんでこんな事で泣くんだよ。お前の泣くポイントが分かんねぇんだよ」
聞き慣れた悪態をつく。
「だってトムが知らんぷりするから」
言うリリーも、泣くほどのことじゃないと自分でも思う。
「悪かったよ。母さんに言われてんだよ。街でリリーを見かけても知り合いヅラすんじゃないって」
――それほど嫌われているとは思わなかった。リリーの息が詰まるのにトムは気づきもしない。




