雪の記憶・2
「手袋はどうしましたか」
ジャスパーの目は膝の上に重ねたリリーの指に向けられていた。
冷えて真っ白になった甲に対し指先だけが赤い。
「忘れて出てきました。コートは着たのに」
指先をすり合わせても、感覚が鈍いほど冷えている。
「どうぞ」
ジャスパーが右手袋をはずし、言葉と共に差し出した。表情は常と変わらない。受け取るのをためらっていると、手袋が膝の上に乗った。
「ないよりは、いくらか良いかと」
そこまで言われては遠慮もしづらい。温もりが残る手袋に指を通す。
でも。リリーは当然の指摘をした。片方ずつ分けっこはいいとしても。
「これでは、ジャスパー様の手が冷えてしまいます」
「では、こうしましょう」
ジャスパーはリリーの左手を取ると、自分の手ごと外套のポケットへ入れた。
「へ?!」
予想外の行動に、リリーの口からお年頃の娘らしからぬ声が漏れたのに、ジャスパーは平然としたものだ。
手を握られているような気がしても、凍えて感覚が鈍いので断言はできない。カミラとも時々繋ぐし、異能の授業でも彼によく触れていると思えば、驚くことでもないのかもしれない。
ジャスパーは舞踏会とやらにも出かけるのだろうし、そこでダンスをすればくっつき具合は比ではないはず。
などとリリーが様々に考えていると、ジャスパーが雪を眺めたまま口を開いた。
「あなた方は、スコットを『スコット』と呼びますね。イリヤも今は『イリヤさん』と呼んでいても、すぐに親しくなり『イリヤ』と呼ぶようになるのでしょう」
それが、なにか。
「私にジャスパー様と呼び掛けるあなたは、いつまでも私だけそのままなのでしょうか」
本来ならグレイ様とお呼びするところを、学内ではジャスパー様とするだけでも礼を失する限界だと知ったのに。
何と返すのが正解なのか分からないリリーに、ジャスパーが同じ調子で続ける。
「皆と同じ時間を過ごしているのに、私だけ別に扱うのはいかがなものでしょう――アイア?」
腰が砕けそう、いや抜けそう? とにかくリリーの背中に衝撃が走ったのは確かだ。きっと目も丸くなっているに違いない。
もとから返事を期待していなかったらしいジャスパーが重ねる。
「身分差という言葉がありますが、壁を築いているのは果たして強者とされる側だけなのだろうか。と、ここへ来てから思うことがあります」
その問に準備もなく返答するのは難しいように、リリーには思われた。当たり前過ぎて考えた事がなかったから。
「雪の上に映るあなたの『罪』を見たいものです」
正直過ぎる発言だとは思うけれど、リリーに不快感を与えはしない。
「あなたの能力なら、この手を介して私に見せる事が出来るのではありませんか。雪の上に映ると感じさせる幻視で、あなたの見ているものを私にも見せる事が」
考えてもみなかったけれど、頭の中で手順を組み立てていくと成立しなくもない。精神力が甚だしくすり減るのは確実でも、絶対に無理という事は無さそうだ。
集中するうちにジャスパーの手をなぞるか撫でるかしたらしく、力を込めて握られて、リリーの考えが切り替った。
「能力」は通常そういった使い方をしない。ジャスパーとて知っていて提案しているわけではないはずで。
この極めて稀な術を試して成立させる必要はないし、出来ると証明して良いかどうかも判断がつきかねた。
そもそも知られたい過去でもない。リリーは首を横に振った。
「私の罪は私だけのものです」
「なるほど。『幻視が出来ない』とは言わないのですね」
それには答えない。何を返してもヒントを与えるのと同じに思える。
「お戻りになりませんの?」
見上げるリリーをジャスパーが見おろす。
「戻りましょうか。あなたが雪見に飽きたら」
ひとりで戻る気はないと言うこと。
寒さよりも手指の温かさを感じつつ見る雪の上には、何も映らない。ただ輝くばかりで、リリーはまた目を細めた。




