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雪の記憶・1

 公都にこの冬初めての雪が降った。

雪国ではない。一冬に五・六回降る程度だが、積もればすぐに街の生活には支障がでる。


 このくらいでと寒い地方の人には笑われるだろうが、大事をとって午後からの幾つかの授業は無くなり休校になった。


夕方まで降り続いた雪は夜になってやんだ。



 リリーが自室のカーテンに隙間を作って外を見れば、出たばかりの月に照らされて、歩くのにも差し支えない明るさだった。


 しっかりとコートを着て。誰の足跡もない雪を踏みながら少し離れたあずま屋へと向かった。


 風もないので思った通り雪は吹き込んでおらず、テーブルもイスも乾いている。



 見渡す限り広がる白色。眩しさに思わず細めたリリーの目に、離れた所を移動する人影が映った。



 黒い馬に乗る黒い外套を着た人物。人馬一体となって遠目からは半人半獣のように見える。


 ミノタウロスだったか。いやあれは確か半人半牛。半人半馬はケンタウロスだ。リリーは他国の神話を思い浮かべた。


 その辺りは坊ちゃまエドモンドの興味の範囲外だったらしく、リリーにとっても不得意分野となっている。教養として知っている女の子は多いのに。



 新雪をものともせず清々しさをまとって駆けていく様は、リリーには気高いもののようにすら感じられる。


 あずま屋に人がいるなどと気がつくはずもない人馬は、そのまま厩舎のある校舎裏手へと消えて行った。





 雪があまりに綺羅々として目が痛む。瞼を閉じてもまだ眩しい光が見えるのは気のせいでも、この雪を踏みしめる足音は気のせいじゃない。


 どこから自分を見つけたのだろうと疑問に思ううちに、座るリリーの左隣りに人が立った。


「今晩は良い夜ですね。――何をしているのですか」


「良い夜」はお決まりのご挨拶。白い息を吐くジャスパーをちらりと見上げて、雪に目を戻す。


 何もしていない。ただ雪を眺めていただけ。強いて言うなら。


「雪の上に過去を見ていました。ジャスパー様は乗馬姿も美しくていらっしゃいますね。真っ白な中に黒一色で、まるで動く絵を見ているようでした」


 過去を見ていたなどど思わせぶりで恐縮だけれど、本当のことだ。あまりに静寂の似合う世界では、嘘がつきにくい、慣れている私でも。


小さく笑ったのが伝わったらしい。


「雪に楽しい思い出が、おありですか」


 並んで雪から目を離すことなく、さして興味も無さそうな口調でジャスパーが問う。


「いいえ。その逆で、見ていたのは私の罪です」


 大げさに聞こえないように、リリーは苦笑混じりにして応じた。


 押し込めて。決して開かないように、扉には鍵を掛け取手は取り外し、枠との隙間は泥で固め、何も這い出したりしないようにしている「記憶」は、こんな雪の日には、香りのように漂いまとわりつく。



 雪、焼け焦げる匂い、冷えきって感覚のない手足。

母と母の恋人でもあった客。


あまりに静かな日は、意識が引き戻される。


 自分の罪を覆い隠して知らぬ顔で生きていくことへの後ろめたさか。わずかばかりある鎮魂の気持ちなのか。自分でもよく分からない。


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