貴公子は隠れ家に連れ帰る・2
ロバートは言葉に詰まった。元々の住民が一月前までいた為、基本的には一通り揃っているが、この冬初めて使う暖炉だ。煙突掃除は済んでいただろうか。
かなり大がかりな内装変更を指示してある。本日使えるかどうかも不明だ。
「早く馭者に伝えろ」
公国一の貴公子の冷ややかな一瞥を浴びたロバートは、溜め息を押し殺して馭者台に近い小窓を開けた。
寒いのは当然だ。十一月も半ばだから。去年もこの時季から三月までは寒かった。一昨年だってそうだ。今年だけじゃない。来年だってきっと寒い。
それにしても寒くなり始めのほうが、より寒さを感じるのはどういう理由だろう。
リリーは人気のない軒下にしゃがみこんで、靴の上から足先を押さえた。もうジンジンとして感覚がない。
家の内なら寒さはしのげるけれど、今夜は泊まり客で明日まで帰らない。いつも酒瓶を手に愛想良く訪ねる男に母の機嫌は良いが、今日は帰ってくるなと言われた。
「通りで彼に会っても、無駄に笑顔を振り撒くんじゃないよ」と言い添えて。
肉屋のトムのおばさんは「行く所がなかったら、ウチに来ていいんだよ」と言ってくれる。でも三兄弟がいて広いわけじゃない家に泊めてもらうのは、気が引ける。
「お前、帰れない夜はどこにいるんだよ。夜にひとりなんて、大丈夫かよ」
心配してくれるのはトムで母さんじゃない。
母さんには一度だってそんな事聞かれたことない。
「ひとりじゃないわ。一人で立ってるお姉さん達が見える所にいるから」
返答に目をパチクリさせるトムが可笑しくて、リリーは笑った。
リリーは人目につかないように少し奥まった位置にいる。目立つのは困るけれど人目につかないと仕事にならないお姉さん達は、通りから姿の見える建物の陰にいる。
交渉次第で声を掛けた男と連れ立って去っていくこともあれば、ちょうど良い物陰で仕事を始める時もある。
そんなお姉さん達のおかげで、リリーの位置まで足を踏み入れる男はおらず、お姉さん達が意図せずしてリリーを守ってくれる形になっている。
説明するとトムの顔が赤くなった。
「お、お前。そういう話男にすんなよな。お前が賢いのは分かったけどさ」
「この間まで、こんな話なんともなかったじゃない。トムはお年頃なの?」
トムの赤面具合が更に強まる。
「くそっ。いいか、なんかおかしな事になったら、ウチまで走って来いよっ。父ちゃんと母ちゃんが何とかしてやるからなっ」
捨て台詞のように吐かれたのは、ちゃんと聞けば親切だった。
「ありがとう。おじさん達にも、よろしく言ってね」
リリーが素直に感謝を口にすると「バーカ。よく覚えてろよっ」トムは叫び走り去った。




