リリーのリース教室・3
「ええと、話がそれてしまったわ。つまり常識なんて、それぞれの住む場所によって違うから、自分の考えを押し付けるのはどうかと思うのよ」
カミラの言うのは、確かにそうだと思う。リンゴひとつでも違ったのだから。
「食べ物でもそうよね」
リリーが花売りをしていた頃は、家に火の気がなかったので、温かいものを食べる事はまずなかった。
アイアゲートの母は料理が好きだったし、台所だけではなく、暖炉の火を利用してシチューを作ったり時にはチキンのグリルまでしていた。
「ジャスパー様もこの寮でお食事なさるけれど、お屋敷では幾皿も順に運ばれるようなお食事だと思うのよ。お口に合わないとか、ないのかしら」
最後にリースのリボンを整えたカミラがふと思いついたように口にする。
「さあ? でもお屋敷ではどんなご馳走が出るのかしら」
リリーもちょうどリボンフラワーをつけ終わった。
「アイア、うかがって」
「いやよ。そんな事を聞いたら、私の食い意地がはってるみたいだもの」
小競り合いをしていると「楽しそうですね」と、入り口から声が掛かった。声の主は噂の的ジャスパーだった。
外出から戻ったところらしく、上着にタイを締め腕には外套がある。
「今日はお屋敷でお過ごしではないんですね」
「ええ。明日はイリヤと少し遠くまで駆けようと思いまして」
ジャスパーはリリーに返しながら、イリヤと目礼をかわす。校内ではあまり親しいところを見せないけれど、馬好き同士、話は合うらしかった。
「今日は何を」
リースを見ながらジャスパーが聞く。
「リースを作りました。この季節はお花も少ないし、そろそろ年末の贈り物を用意する頃なので」
そんな習慣はアイアゲート家に行くまで知らなかったリリーだけれど、さも当然であるように説明する。
「どなた用ですか」
「カミラが作ったのは自分とスコットの分で、私が作ったのはイリヤさんとオーツ先生の分です」
オーツ先生にはとてもお世話になっている。大人の方だし何もかもお持ちだと思うけれど、感謝の気持ちを伝えたくて作った。年を越したら捨ててもらえばいいし、子供の工作だと笑ってくれたらそれでいい。
ジャスパーの表情が僅かに変化したと感じた瞬間に、イリヤが「良かったら僕の分をどうぞ、ジャスパー様」などと口走った。
そうじゃない。きっとこんな拙い物を差し上げる事が引っかかったのだ。リリーの気持ちが沈みかけるところで、ジャスパーの視線が移った。
「それは?」
示すのはリリーの手元にある余り物で作った小さなリースともいえないような代物だ。
「材料が残ったから作っただけなの。これこそ拙いから見ないで」
早口になりながら、リリーはリースを両手で覆い隠した。
「行き先は決まっているのですか」
何を言うのか。今、残り物だと教えたばかりなのに。
「しばらくは私の部屋に置いておくつもり」
「では、それを私にください」
にこりともせずに言うジャスパーに、リリーは目を丸くした。
「アイア、目がこぼれそうになってる」
たいして驚きもせずにカミラが指摘する。
「ええっ!? これを!? 季節感もないし、ハンカチはいつも使っているものだし、洗ってはあるけど……」
とても差し上げられないと、首を横にふる。
「季節感が無い、それはいいですね。一年中飾っておけます」
ものは言いよう。笑うカミラが、唖然とするリリーの手の下から余り物リースを抜き取って、ジャスパーに差し出した。
「よろしければお持ちください」
「ありがとうございます」
ジャスパーが微笑すれば、なぜかイリヤが安堵感を漂わせる。
お望みなら、後日でよければもうひとつ作るのに。言いかけるリリーにカミラが「いいじゃないの」と目配せする。
好みはひとそれぞれ。本人がいいならまあいいか。先ほど自分の考えを押し付けてはいけないと話したばかり。
リリーがリースを取り返すのを諦めたと分かったらしい。ジャスパーは丁寧にな手付きで、リボンフラワーを撫でた。




