きのこ狩りとイリヤ・3
イリヤの視線が一点に固定される。
「……クギ?」
驚かれるのにももはや慣れた感のある釘。
使い慣れている上に、硬さも大きさもリリーには扱いやすい。
物に念を込めようとする時、好む物は人によって様々だ。石や金属が主ではあるが、天然石と磨かれた貴石、金と銅でもまるで違う。
オーツ先生によれば「お安いものよりお高いもの、新しいものより古いものの方が籠めやすいわよね」との事。
「こんな安物にこれだけ付与できるのなんて、公国広しといえどもアイアくらいじゃない?」
裏を返せば「高価な物であれば、これくらい付与できる人はいる」ということだ。リリーには人数の多少までは不明だが。
「これで痛みが取れると信じる気持ちが必要です。体感を伴う為に患部に釘を触れさせてから、ポケットにでも入れればいいと思います」
危なくないように先は潰してある。服を突き破る事はないと思う、とリリーは説明した。
自分から頼んでおきながら、リリーの目にはイリヤがまだ半信半疑であるように映った。これがカミラなら信じもしようが、ほぼ接点のない仲ではやむを得ないかもしれない。
けれどこの術を充分に効かせるには信じる心、それが難しければ願う気持ちが欲しい。
リリーはオーツ先生の「おまじない」をそっくりそのまま実演することにした。
右手の指を器用に動かすと、釘がまるで小さな蛇のように親指から小指へうねうねと移動していく。イリヤに向けて「どう?」といった風に笑んで、今度は小指から親指へと逆に辿らせる。
奇術師が目を奪う為にする技のひとつだそうだ。
これで見物人の心が掴める、らしい。
一旦手の内に握りこんでから、すっと縦に押し出した釘を目の高さにかかげる。軽く音を立てて釘にキスをし、指でしごくようにしてから、言葉を添えて差し出た。
「仕掛けは上々よ。必要なのはあなたの願いだけ」
イリヤの喉がゴクリと鳴った。食い入るように釘を見据えて手を伸ばす。そこにオーツ先生の決め台詞を合わせた。
「上手くいかないわけがない」
オーツ先生の実力は、坊ちゃまエドモンドと同じで計り知れない。遊べばそれは分かる。けれど、その凄さがどれ程かを知るレベルにまで自分が達していないのだと、リリーは理解していた。
オーツ先生の術を反転させたのだ、効かないはずがない。
イリヤがリリーの手を握った。
「ん?」
彼の熱意を感じさせる瞳に「いえ、釘だけ取ってくだされば手は別に」とは申し上げにくい。
そのうちにイリヤの手が両手になった。ぐっと力まで入っている。
「ありがとう。アイアゲートさんの期待に必ず応えてみせる」
いえ、あの。「上手くいく」どうこうは術の話であり、競馬の話ではない……とは、これまた言い辛くなった。
「良い結果を聞かせてください」
術の。でも「もういいか」とも思う。術が存分に効果を発揮すればイリヤの結果がついてくるのだから。
ところで。手に手をとるこの状況は、誰かに見られでもしたら、あらぬ誤解を受けそうで。
「あ、もう一本の釘もお渡ししなくては」
言いながらリリーは手を引き抜き、荷物へとしゃがんだ。下手なお芝居をしている、と少し可笑しくなったところに、先生の声がした。
「あら、湿布? 血は出ていないのね?」
また釘に驚かれてしまう。見えない所でイリヤに渡さなければ。リリーは釘を手のひらに隠して立ち上がった。




