きのこ狩りとイリヤ・2
「こういった痛みは、無理な負荷をかけたことから来るものです。痛むうちはなるべく動かさないようにして、様子をみるしかありません。日にち薬です」
何か言いかけたイリヤが口を閉じる。そよそよと風が通り幕の揺れがおさまると、意を決したように目に力がこもった。
「オーツ先生が……転びかけた所にちょうどオーツ先生が居合わせて。『アイアなら痛みがとれるわ』と」
「オーツ先生」の名を聞いたリリーの口から、声にならない音が漏れる。
先生と遊んだ時にした、ひとつのイタズラ。
先生が体感幻覚の痛みをひき起こそうとしてくるので、「遮断」を試みたものの上手くいかず、反転させて痛みを取るようにしてみた。
けれど「解析」した結果、「痛みが取れた」のではなかった。
「先生もご存知のはずですが、痛みを取るのではなく『一時的に痛覚を麻痺させる』だけです」
当然腫れも引かない。痛みを感じないせいで動かし過ぎて酷くなる事も考えられる。リリーとしてはお勧めできない。
「それに、効果を確かめてもいない『だろう』という予測の範囲です。実際に使えるかどうかも……」
後ろ向きな言葉を重ねたのに、イリヤは目を輝かせた。
「できるんですね? ありがとうございます」
飛びつかんばかりにして礼を言うイリヤには、何か必死になる理由があるのかもしれない。そうでなければいくらオーツ先生でも、こんな不確かな物を教えたりしないだろう。
「何かご事情が?」とリリーは、聞いてみることにした。
「僕の家は、馬の牧場をしています。父も叔父も兄も競走馬に乗ります。明後日、僕も初めてレースに出してもらえるんです。だからどうしても万全の体調で臨みたくて」
今後がかかっているんです、と緊張感を滲ませる。チャンスが一度しかないとは思わないけれど、「次があると思わない方がいい」と教えてくれたのは、隣に住むおじさんだった。
――イリヤも無理は承知の上ならば。
「もう一度言いますが、治療ではありません。一時的に痛みを感じなくするものです。患部だけではなく全身です。だから、その間に他にケガをしてもイリヤさんは気がつけません」
それでもいいですか。リリーはくどいほどに念を押した。
「痛みがないことで普段通りに手首を動かして、その後状態が悪化する事も考えられます」
「かまいません」
そこまでの覚悟があるなら、もう言うことは無い。
「二回分あります。今、持っていますけど、試してみますか」
「アイアゲートさんがいなくても使えますか」
それは全く問題ない。身につけるだけだと説明する。
「それなら、とっておきたいです。効果はどれくらい続きますか」
「意識がなくなったら終了なので、眠るまでです」
「半日ももてば充分です」
リリーはイリヤに背中を向けて、ごそごそと自分の荷物を漁った。彼は良いお家の子らしく後ろから覗いたりせずに待っている。
「はい、これです」
リリーは手のひらに乗せて見せた。




