きのこ狩りとイリヤ・1
一年生の秋の課外授業はきのこ狩り。
キノコの種類は千を超えるとされるが、食べられる物はそのうち二十とも二百とも言われている。人により全く数が違いあてにならない。
そして毒キノコと呼ばれるのも数は同じくらいで、なかにはよく加熱すれば食べられる毒キノコもあるらしい。
リリーにしてみれば、「何も無理をしてまで危ないキノコを食べなくても」と思うが、採取するとどうにかして食べたいと思うもの。それがキノコと人は言う。
とはいえ、おかしなキノコを食べるわけにはいかないので、生徒は散り散りになる前に、地元のきのこ狩り名人から説明を受けた。さらに「きのこ狩り本部」には図鑑を片手に鑑定するキノコ調査室まで設けてある。
その向かいに作られた救護室は、木の柱を四方に立て三方を幕で取り巻いただけの天井もないスペースで、リリーは救護係として今日一日ここにいることになっていた。
ケガ人が出た場合、養護教諭と共に処置にあたるのが仕事だ。別に人のお役に立ちたいなどと善い心掛けがあったわけではなく、キノコに興味がなかったので引き受けた、それだけ。
虫に刺された、木の枝で擦り傷を作ったなど、ポツポツと退屈しない程度に人が来る。幸い大きなケガをする生徒は今のところいない。
「お昼を順にとりましょう」となり、リリーがひとり残ってほどなく、小柄で細身の男子生徒が救護室を訪れた。
「どうかしましたか」
しきりに右手首を気にしている彼は、同級生からイリヤと呼ばれている隣のクラスの生徒だ。
「木の根に足を取られて、とっさに手を着いたら、右手首を捻ってしまって」
深刻そうに言うイリヤの手首は、すでに腫れ始めている。赤みはあるものの動きに支障はないらしい。本人も「折れてはいない」と言う。
それなら湿布。リリーは養護教諭と事前に作った湿布を取り出した。
小麦粉と玉子と酢をよく混ぜ合わせ布に薄く伸ばしたものだ。市場の側に住んでいたおばあさんは、玉子は入れずにクチナシの粉末を加えて練っていたけれど、レシピは人により様々らしい。
「まず湿布を貼りましょう」
先生が戻ってから見てもらえばいい。リリーは手際よく患部をアルコールで拭き、「少し冷たいですよ」と先生の真似をして湿布を貼り付けた。
その様子をじっと見ていたイリヤは「ありがとう」と言ってから、遠慮がちに問いかけた。
「アイアゲートさん、ですよね」
「はい」
なぜか周囲を窺うようにするイリヤにつられて、リリーも視線を動かす。向かいにあるキノコ調査室は「休憩中」の札が置かれお留守で、見える範囲に人はいない。
「お願いします、アイアゲートさん。僕の痛みを取って下さい」
辺りをはばかりつつ、いきなりそんな事を口にするイリヤに驚くけれど、本人の顔つきは至って真面目。
痛みなどすぐには取れないと、この男子は知らないのだろうか。リリーは養護教諭の説明と自分の経験を併せて彼に伝えることにした。




