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林檎と黒の王子・2

 カミラが分かりやすく苦笑するのを横目に、リリーはナプキンの上でリンゴを四つ割りにした。


 そのうちのひとつの芯を取り除いてからつまむと「はい」とジャスパーに向かって空中に差し出した。


誰も動かないなか、更にすすめる。

「召し上がれ」


 固まったままかと思われたジャスパーがリンゴに手を伸ばす。触れる前に急いでリリーが遠ざけると、彼の動きは再び止まった。


「だめよ。手が汚いでしょう、ほら」


 厩舎で手を洗ったとは思えない。

リリーは「ほら」とリンゴを揺らした。

「あ――ん」まで言わなければ伝わらないかと思うと同時に、ジャスパーが長身をかがめると、リンゴにカリッと音をさせて白い歯を立てた。


結ばれた唇ごしにシャリシャリといい音がする。


「おいしい?」

「いえ、特には」


 ジャスパーの感想を聞いて、リリーは指に残る噛りかけのリンゴを口に入れた。


「ぬるいわ……」


 ジャスパーの視線を受けながら、ほぼ体温と同じになったリンゴを咀嚼する。


「あれだけ長いこと握りしめていればね。……美味しくなさそう」

呆れ口調のカミラの編み棒も止まっている。



「アイアゲートさん」


 少し離れた校舎の窓が開いて、名を呼ぶ声がした。級友が小さく手を振って言う。


「オーツ先生からの伝言です。『帰る前にちょっと寄って』って」


 親切にも探しに来てくれた彼女が多少緊張気味なのは、ジャスパーがここにいるせいか。


「ありがとう。すぐ行きます」


「ここは私が片付けておくから、アイアは行ったほうがいいわ」


 残りのリンゴはちゃんと食べておくから。カミラのその言葉に甘えることにして、濡れ布巾で手を拭う。


「ごめんなさい、ありがとう。じゃあ、お先に」


後を任せるとリリーは急ぎ足で職員室へと向かった。








 後ろ姿が校舎に消えるまで見送ったジャスパーが、残されたカミラに目を移すと、カミラは微笑してこちらを見上げていた。


「咎めないのですね」


 ジャスパーは疑問を率直に口にした。

高位貴族にむかい子供にするように食べ物を手から食べさせるなど、してよい事ではない。


 本来ならば友人としてカミラがアイアゲートを止めるべきだろう。あまりにためらいなく差し出され断るのも気がひけて、つい口を開けてしまったが。


 林檎が小さく一口でも入りそうな大きさで。アイアゲートの指に自分の唇が触れてしまうのではないかと気を遣った。


 まさか生ぬるい林檎を口にすることがあろうとは。どれだけしっかり握っていたのだろうと思うと、つい緩みそうになる口元を引き締めて、ジャスパーはカミラの返事を待った。


「余計な口は挟みませんわ。彼女のそういったところが好ましいのだと理解しております」



 常より大人びた顔つきで答えるカミラの丁寧さは、誰に対してか。自分しかいない以上、自分に向けられているとは思いつつも、どこか引っ掛かりを感じる。


 自分に向けたものでないのなら。アイアゲートのいかにも庶民的な行動を「好ましい」と言うのは誰なのか。聞いたところで答えは返らないだろう。


 カミラはそういった雰囲気をいつの間にかまとっていた。もちろんジャスパーも無駄な質問をする気はない。


自分も戻ろうと、鞭を持ちなおす。

「では」と、体の向きを変えたところで声がかかった。


「ジャスパー様も」


 身をひねり肩越しに見たカミラは、やはり柔らかな微笑を湛えたまま口にした。


「アイアのそういった行動を好ましく思われるのでしょう」


 語尾は上がっておらず、問われているわけでもない。返答は必要ないと判断してジャスパーはカミラに背を向けた。


 残った林檎の実とも芯ともつかない物を、カミラは本当に食べるのだろうか、と思いながら。


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