音楽祭のレイチェル・3
学院に在籍する侯爵家の子息はジャスパーひとり。
通常、高位貴族の子息はここ学院ではなく学園入学を目指す。
ジャスパーが学院を選んだのは、優秀な軍人を輩出することで知られているグレイ家の方針だと思われる。軍人は士官を除けば大半を平民が占める。貴族以外との付き合いを学ばせようとする意図だろう。
伯爵家の令息は何人もいるが「学園の入試に落ちた組」だ。そしてレイチェルをはじめとする令嬢達は、社交界ではなく学院で結婚相手を見つけさせようという親の意向に従って入学している。
平民は異能を伸ばし身を立てたいリリーのような者、スコットのように親が上流階級に憧れ少しでも近づきたいと考えてなど理由は様々だが、それなりに高額な授業料を払える家であるのには違いない。
リリーのように奨学金を得ていてる生徒もいるけれど、それだけで生活費の全てが賄えるわけではない。
「そういえば、スコットのおうちは何をしているの」
アイアゲートの義父とカミラの父は元軍人だ。
「うち? 金貸しだよ」
あまりに端的な返答に、聞いたリリーもカミラも無言になる。
「分かりにくいよね。仕事を始めようとしている人が借りにくるのが多いんだけど。若いと腕とやる気はあっても元手がないでしょう? 話を聞いて『これは上手くいく』と父が判断したら事業資金を貸すんだ。そして月々返してもらう。父は自分でも店をしていた事があるから、助言したりして共同経営にしてるものも幾つかある」
自分が店頭に立たなくても、お店をする方法があるとは。市場で家族経営の店ばかりを見て育ったリリーには、馴染みのない話だ。
「うまく行かない事も多いし、失敗して逃げられたら回収できない。それでもここまでの生活が出来るんだから父は上手くやってる方だと思うよ」
成金の極みみたいな人だけど。などと、大人びた口調で評する。
「一財産築いたら次は社会的な地位を求めるものでしょう? それで僕はこの学校へ入ったってわけ」
「じゃあジャスパー様といるのも……」
打算なの? とまでは、さすがにカミラも口にはしない。
スコットは即座に否定した。
「いやいや。あれほどのお家ともなると、ここでは友達みたいな顔をしていても、卒業したら雲の上の方だよ。知り合いだなんて、他所でおいそれと口にできない」
そういうものなのか、とリリーは黙って聞いていた。知らなかった。
「ジャスパーが段違いにすごくて友達と言っていいかも分からないけど」
それは本当にそう。スコットの言葉にリリーとカミラも心から同意する。
「ところで、マクドウェル様はアイアゲートが嫌いなの? 何をしたの?」
不思議そうにスコットが聞く。
クラスを代表してお小言を言われているのだと思っていたのに、どうやら私個人がお気に召さないらしい。薄々そうじゃないかとは思っていたけれど。
嫌いなのか、何をしたのか。聞きたいのは私のほう。
リリーはスコットに向けてため息をついた。




