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音楽祭のレイチェル・2

 美しい令嬢がご親切にも、引っ込み思案な庶民を表に出そうとして下さっている。


「どうするの、アイア。これ断れないんじゃない?」


 行くだけ、では済まないだろう。あちらは恥をかかせようとしているのだから。


 聞くに耐えない演奏を披露したリリーに、「無理なお願いをしたワタクシがいけなかったわ」などとレイチェルは、さも申し訳なさそうに謝ってくれるのだろう。美しい顔を曇らせて。



「悪趣味だよ」

困り顔のカミラの隣でスコットが顔をしかめた。


「そんなことで嗤うのは一部の人だと信じたいけど」


 スコットの言い方から「内心では皆楽しんでいる」と思っているのがうかがえる。


「僕が行くよ。カミラ、付き合って」

言うなりカミラの腕を引っ張って立ち上がった。


「ええっ!? 私アイアより酷いかもしれないのよ」


「大丈夫、僕の言うとおりに左手だけ、二音押さえてくれればいい。ここのところ発表会に向けて、小さい弟と連弾の練習をしてるんだ。その曲なら何とかなるよ」


 「そう言われても」と言いたげに、カミラは決めかねた様子でリリーに視線を落とす。喉がゴクリと飲み込む音をたてると、目に力がこもった。


「分かったわ。私もこういうやり方はどうかと思うから。一緒には行くけれど、本当に弾けないのよ」

「大丈夫、そう来なくちゃ」


 素早く片目をつぶって見せたスコットが、成り行きを見ているレイチェルに向かって声をあげる。


「僕も弾きます、彼女と一緒に」


 父兄から、まばらながらも拍手が起きた。性格の明るさを反映したようなスコットの声質は、こういう時に通りがよい。元気な男の子そのものだ。


 リリー・アイアゲートの顔を知る人以外は、スコットの言う「彼女」がアイアゲートだと思っていることだろう。


 カミラを連れて舞台へ上がるスコットに、レイチェルは憮然とした様子を隠さなかった。

 まさかこうなるとは思わなかったに違いないが、男子に向けてご令嬢が不服を述べるわけにもいかない。


 睨まれたら真っ直ぐ受け止めようと考えつつ友人から目を離さないリリーを、レイチェルは一度も見なかった。






 スコットがピアノを弾けるとは今日まで知らなかった。

 曲は確かに子供向けではあるものの、演奏ぶりはそれまでの生徒と比べても遜色ない。


 本人曰く「父が上流階級にひどく憧れていて。『たしなみ』とされるものは片端からやらされてるんだ。そのうちのひとつがピアノ、弦楽器もさわる程度なら出来るよ」との事だった。実はお坊っちゃま育ちなのかもしれない。


 リリーがカミラを誉めると「私は左手だけで、言われた通りにドとソ、ミとドを押しただけだから」と申し訳なさそうに告白した。


「それでも、あの場で『行こう』と決めたのは、すごい勇気よ」


 続けて「行かなくてごめんなさい」と謝るリリーをスコットが遮る。


「アイアゲートが行くことはないよ。一方的に言うことをきかされるのはおかしい」


 学院に入学してはや五ヵ月。自然に学内の慣習や序列などが分かってきた。


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