その夜のアイアゲート・2
もう寝るばかりらしいアイアゲートは、夏なのもあり薄い部屋着か夜着らしい服装で、正視するのもためらわれる。
良家の子女ならば、このような格好では自室から一歩たりとも出ないだろう。
ジャスパーはふとグラスに目をとめた。
「何を飲んでいるのです」
「よろしかったら、どうぞ」
差し出されたグラスに顔を近づけ香りを嗅ごうとしたところに、すかさず「ほんとは飲む用じゃないのだけど」と声が飛ぶ。
甘い香りを確かめていたジャスパーの手がピタリと止まった。
「飲めないんじゃないの、貴腐ワインよ。液体に『念』を込められないか試そうと思って。水はさすがに無理そうだったから。味より粘度に着目して試行してるの。でも蜂蜜では口にしない人も多いでしょう? その点デザートワインなら、甘党でなくとも一口くらいはお付き合いで舐めるわ」
何を言っているのか。ジャスパーは唖然として、楽しくてならない様子で目を煌めかせている同級生を眺めた。
「――そんな事が出来るのですか」
「まだ一度も成功していないから出来るとは言いきれないけれど。思いついた時点で成功の確率は高いんじゃないかしら、私なら」
アイアゲートはさらりと高い自己評価を口にすると、「返して」と手を伸ばした。
黄金色の見るからにトロリとした液体がランタンの光を反射する。
「そのお酒はどこから」
「エリック。『甘いものを少し』持ってきてくれたの。お酒はいたまないし練習になるし、ちょうどいいわ」
「あまり年若いうちからの飲酒は感心しませんね」
苦言を呈するジャスパーをアイアゲートが軽く笑い飛ばす。
「軍では酒に強くないと軽んじられると、義父から聞いたわ。女の子なら並みの男子より強くないと『身の危険』すらあるって。私、そんなことばっかりよね。というわけで『ふるい』じゃなくて『枠』を目指しているの」
その為には今のうちから慣れておかないと、などと言う。
公国では酒に強い人を「あれは水切りだ」とか「ふるい」と表現する。つまり通過するばかりで溜まらない、酔わないから飲む意味がない。それをさらに上をゆく「枠」とは――。ジャスパーも絶句するより他にない。
飲酒に年齢制限がない以上、強く止めることもできない。それよりも。
「あなたの雰囲気が別人のように違うのは、飲酒の他にも理由があるのでは」
ずっと感じていた違和感は、話せば話すほど強まる。口にするとアイアゲートの顔がほころんだ。
蕾が花開くようでジャスパーは思わず目を奪われた。




