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その夜のアイアゲート・1

 本家での晩餐会に出席したジャスパーは、ディナージャケット姿のまま、遅い時間に寮へと戻った。


 「戻るのは明日の朝にすれば」と引き留められたものの、一限の授業から出席しようと思えば、夜のうちに戻る方が楽だ。


 誰もが寝ているはずのこの時間。共有部分である談話室に人の気配がある。不審に感じて立ち寄った。



 一晩中、ランタンが灯され最低限の明るさは維持されているその薄明かりのなか、くつろいだ様子でひとりがけのソファーに座り、ちょうどよい位置にもうひとつソファーを引き寄せ、伸ばした脚を乗せている人がいる。


ジャスパーが想像したような男子生徒ではなく、リリー・アイアゲートだった。


 くつろぎすぎて女子とは思えない行儀の悪さだ。たとえ人目がなくとも令嬢ならこんな姿勢はとらない。


手には液体が半分ほど入った小ぶりなグラスがある。



「こんな時間に何を。女性ひとりでは無用心かと思いますが」


 人が来たと気がついているはずなのに見ようともしない赤毛の同級生に近づき、声をかけると、アイアゲートはゆるゆるとこちらを見上げた。


 いつもは一本の三つ編みにして垂らしているか、高い位置でひとつ結びにしている髪が、今は洗い髪のように乱れたまま肩に広がり、頬に影を落とす。

そのせいか昼間より大人びて見えた。


「おかえりなさい。お出掛けでしたのね。無用心? ひとりの方が安心よ。それに今ほど安全な時もないんじゃないかしら」


 紅でも塗ったかのように照りのある唇が、三日月を象る。


 ジャスパーはアイアゲートの言葉の意味をすぐに理解した。



 先日アイアゲートを襲った男子ふたりは、学校側の追及に「これが初めてではない」と告白した。

貴族子女と違い問題になりにくい平民の女生徒に目をつけ「いたずら」を繰り返していた。


 彼女らが恥じて隠すのをいいことに、少なくも数人の女生徒に不埒な真似をしていたらしい。


 もっとも被害者に確かめても激しく否定され、認めたのはアイアゲートひとりだったが。今後予想される風評を思えば女生徒の態度は無理からぬものだと、ジャスパーには思われた。


 彼等の同級生であるモンクとペイジは二人の動きを怪しんで注視していたので、今回駆けつける事ができたという。


 アイアゲートが未遂とはいえ二年生の男子生徒ふたりを告発したと噂になっている今、彼女に手出しをする者は確かに皆無だろう。



「処罰が重すぎるとお思いですか」

どこか他人事のように余裕のあるアイアゲートに問いかけた。


 今年入れ替わった理事のひとりが「女性の地位向上には、男の意識改革が必要である。考えの凝り固まった大人よりこれからの若い世代に『公平』のあり方を教えたい」と主張し、先に校則が変更されていたのが幸いした。


 それに則りわずか三週間で二人は自宅謹慎からの「自主退学」となった。「未遂」だったこともあり、今までなら厳重注意で済まされたはずだ。



「重すぎる? いいえ」

何を言うのかと不思議そうに語尾が上がる。


「未遂に終わったのは偶然だし、平民の下級生を複数で狙うのも悪質だわ。子供だからゆるされるなんてない。ここで見逃したら、妙な自信をつけてもっと大きな事をする。今後を考えたら、彼らにとってもよかったんじゃないかしら」


 いつものアイアゲートとは、どこか違う。

ジャスパーは常になく辛口な同級生を改めて見た。


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