ペイジとモンク・3
「ごめんなさい。嫌とかそういうことじゃないの」
案じてくれたのに、とっさとはいえ失礼だったとリリーは唇をかんだ。
「こちらこそすみません。恐ろしい思いをしたばかりなのに」
「私に隙があったのでしょうから、次から気をつけます」
校内でまさかこんな目に合うとは思いもよらなかったけれど、この手の揉め事が起これば、非難されるのは常に女性側だ。
服装が悪い、ひとりで歩いていたのがいけない、誰にでも愛想を振り撒くから勘違いさせる、笑いかけたりするから。
結局「女であることがいけない」となるのではないかと思うほど、原因は全て女にあるとされる。そんなのは市場界隈でいくらでも聞いた話だ。
大抵は泣き寝入り。騒ぎ立てていい事なんてひとつもない。
とうとう自分が当事者になった、それだけ。助けて貰えたのはこの上ない幸運だった。
小さく息を吐く気配と共に聞こえたのは。
「あなたは、なにも悪くない」
優しい語りかけだった。
うつむけていた顔を上げる。ジャスパーは苦々しげに続けた。
「どんな状況であれ、襲う方が一方的に悪い。これは犯罪です。ただ歩いていただけのあなたが反省する必要など、どこにもありません」
やっぱり。「何があった」なんて説明が必要ないほど、状況を把握している。そして味方をしてくれる。
ほろりとしそうになり、リリーは慌てて話を変えた。
「そういえば、どうしてここへ?」
用のない廊下にジャスパーがいた不思議。それを言うならモンクとペイジの先輩二人組もだが、学年が違えば行動範囲も違うのだろうと思う。
「社会科教師から、あなたが地図を託されるのを見ていました。他の用があり、済ませてから追ってきたら……というわけです。収納場所が高い位置だと、あなたでは難しいかと思いまして」
説明を聞いて思い返すと、近くにジャスパーもいたような気がする。
「立てますか」
床は冷たいでしょう、と差し出された手をとり立った。
目で素早くチェックされたけれど、動くのに支障が出るほど痛むところはない。
「歩けないのなら、抱えてゆきますが」
びっくりしたリリーが重ねていた手をぎゅっと握ると。ジャスパーは「冗談です」と真顔で返した。
この方でも冗談など言うのだと思えば、頬がゆるむ。ジャスパーに抱えられて校内を行くなんて、想像するだに恐ろしい。その方が大事件だ。
「やっと、緊張が解けましたね」
腕を貸してくれながら、ジャスパーが歩きだした。
これも出来れば遠慮したいのだけれど、抱えられる可能性の後では、腕をかりるくらい大した事でもない気になるのが我ながらおかしい。
「ずっと強張った顔をしていましたから――良かった」
最後の「よかった」は、はっきりとは聞き取れなかったので、都合のよい聞き違いかもしれない。
「ありがとうございます、いろいろと」
つたなく礼を口にすると、言葉のかわりに腕をそっと叩かれた。
地図。そういえば抱えていた地図はどうしたのだったか、と思う。まあいい、誰か片付けてくれるに違いない。
放置すると決めてジャスパーを見ると、黒に近い焦げ茶の瞳が見おろしていた。




