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ペイジとモンク・1

 計画的だったとは思わない。

一人で大きな地図の巻物を抱えて、放課後に人気のない渡り廊下を行く平民の女生徒を見かけての出来心。そんなところだろう。


 地図を片付けに行った社会科準備室の前で、リリーは後ろから来た男子生徒ふたりに腕をつかまれ、準備室へ押し込まれた。


 驚き焦りつつまず思ったのは「ずっと続いていた胸騒ぎの理由は、これだったか」という事。長く続きすぎて警戒心も薄れてしまっていたが、いつもビクつきながら生活できるはずもない。



 胸のすぐ下を締め付ける腕が苦しい。口を掌で塞がれ、耳元に生暖かい息がまとわりつく。


「騒ぐなよ。俺らともちょっと遊んでくれよ」

「馴れたことだろ?」


 まだ少年の声がつむぐ身勝手な言葉に、嫌悪感がわき上がると同時に頭の芯が冷えた。


「俺らとも」「馴れたこと」

彼等はリリーが花売り娘だったと知っているか、流れているらしいウワサを信じたかだ。


 抵抗すべきか。抵抗して目立つ場所に傷でもつくれば、皆の知るところとなる。学内で騒ぎになり目立つことは避けたい。問題児とみなされれば来年度の奨学生枠から外されるのは必至だ。



「ちょっと遊ぶ」と言うなら「最後まで」するつもりはないのかもしれない。抵抗することで加虐心をあおって、さらに酷くされても困る。


 迷いを同意とみなしたのか、男子生徒はリリーを後ろから抱いた形で床に腰を落とした。


「そうやって、おとなしくしてろよ?」


 下卑た笑いが耳を掠めて、リリーは思わず首をすくめた。


 服の上から胸にあたる指を感じて反射的に払いのけようとすると、足元ではもうひとりの男子が膝までスカートをめくり上げていた。


――これは、思うより悪い状況かもしれない。

 叫び声をあげたくとも、口はぬかりなく塞がれている。


 相手が二人では習い始めたばかりの体術は役に立たないし、指に噛みついて叫んだところで聞こえる範囲に人がいるとも思えない。


 膝上から太腿に這い上がる手の感触に鳥肌を立てつつ、リリーは目を伏せた。



「お前ら、何してる!!」


 ドアが開き何かを蹴り上げるような音と同時に、大声がした。はっと顔を上げると、足元の男子が転がる姿がリリーの目に入る。


 むき出しになった自分の脚の白さを見慣れないもののように感じている間に、入ってきた男子生徒は少しの躊躇もなく、リリーを抱えていた男子生徒の肩に勢いのまま拳を打ち付けた。


 鈍く骨の軋む音がして、リリーの身体は自由を取り戻した。

 男子生徒の上からおりて床に手をつくと、コホコホと乾いた咳が止まらない。



「大丈夫? 」

 飛び込んで殴り付けたのとは別の男子が、リリーの背中をさすって心配そうに尋ねた。


 なんとか呼吸を整えて目を合わせる。見慣れない顔なので、別の学年かもしれない。


 頷くリリーに「良かった」と返し、さりげない動作で乱れたスカートを直してくれた。


「ペイジ、彼女にケガは」


 さらに踏みつけるように蹴った男子は、息も弾ませずに聞いた。平然とした彼に比べて、暴漢ふたりは体を丸めてうめき声を上げている。


「ありません。ありがとうございます、助けてくださって」


 ようやく声の出せたリリーを気の毒そうに見やると、彼はリリーの背中をさすってくれているペイジと呼んだ男子と目配せを交わした。


 コンコン。

ドアを叩く軽い音が響いた。


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