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ジャスパーの心模様・3

これは知ってよかったのだろうか。


 訴えるように見上げれば、ジャスパーは「大丈夫ですか」と気遣わしげにしつつ、リリーの頬から手を離した。半歩下がり紳士的な距離をとる。


「知っておいて欲しいと思っていたので。よい機会ととらえました」


 僅かに上げられた口角を視線でたどったリリーの口から、「どうして」と疑問がもれた。


 自分に好意は持ってくれるな、という牽制だろうか。そんな物欲しそうな顔をしていたかと思えば、自分が情けなくなる。



 ジャスパーがリリーの指先を取り、自分の指に絡めるようにした。ここから気持ちを読んでいい、ということだ。


「噂とはいえ私があなたについて一方的に知っているのは、公平ではないと考えました」


 本心だと指先から知れる。嫌われたわけではないとも分かった。


「ですが、今お伝えしたものには公にしていない事も含まれます。胸の内におさめて頂けると有り難い」


 頼まれなくとも。リリーは無言でうなずいた。

ジャスパーが「ありがとう」と口中で呟く。



 彼がどれだけ読めたと思っているのかは知らないけれど、ほぼ取りこぼしなく読んだはずだ。リリーはざっと内容を思い起こした。


 ジャスパー・グレイには八歳上の婚約者がいて、出産間近であるが、お腹の子の父親はジャスパーではない。

 遠縁にあたる彼女の産む子を自分の子とし跡を継がせる事が、ジャスパーが本家に入りグレイ侯になる条件。


つまりジャスパーは「繋ぎのグレイ侯」なのだ。

こんな事を口外できるはずもない。


「どうしてこんな重大な話を……」


 考えて、先ほどのジャスパーの発言で引っ掛かった言葉を声に出す。


「私のウワサ?」


 くらりと目の前が揺れる。実際にめまいを起こしてはいなかったらしく、真っ直ぐにこちらを見るジャスパーは表情ひとつ変えない。


お互いの指先に力が入る。


「あなたに、やましいところがあるとは思いません。だから何か耳にしたとしても、私を避けるような事はしないで下さい」


――疚しいところ。花売りだった事か。父が誰かもわからないことか。もしくは母を見殺しにしたことか。そんな事が皆に知れたら。



 エリックからは「以前のリリーを見知っている庶民が学院にいたとしても」という前置きの上で、先に言われていた。


「堂々としていれば、じきに噂なんて消える。知らぬ存ぜぬでリリーが平然としていれば、この年頃はすぐ次の面白い事に飛びついて前の話題なんて忘れるものだよ」と。



 それでも今のように、高位貴族であるジャスパーの隣に立つわけにはいかない。


 考えるうちに顔が歪んだのか。ジャスパーがリリーの頭を自分の胸に寄せた。リリーも抵抗はしなかった。そうすれば顔を見られなくて済むから。


「怯えさせてしまいましたか。配慮が足りませんでした」


 怯えては……いないと思う。身から出た錆びですと言いたくても、喉が詰まって声にならない。


「欠けるところも傷も無く満ち足りた人など、そうはいない。違いますか」



 ジャスパーの抑制のきいた声に、オーツ先生の伸びやかな声がかぶる。


「はいは―い。精神系さん達が結構な率でグッタリしちゃっているけど、大丈夫? 余裕のある身体系さんは支えてあげて。精神系さんは限界が掴めたかしら。いいこと? 過信は禁物よ。限界値は急に伸びるものじゃないの、無理をすればいいって考えはやめてね」


 説明を聞きながら「お友達になってもいいですか、私が」と小さく問う。


 すぐに頭上から「こちらこそ、そう願いたい」と返る。


「私なんかと仲良くしてくれるのは、どうして」


 よくしてくれるのは有り難いけれど、ジャスパーにとって得るものは何もないはずだ。


「ご記憶にありますか。オーツ先生が初回の授業で、読まれた時に心地よいと感じたら相性がいいのだと、おっしゃった事を」


 もちろん覚えている。先生は身体系について語ったが、精神系の使い手であるリリーにはその感覚は理解の外だ。


「正直に言えば、あの時この上なく心地がよかった。今日もです。他では感じたことのない類いのものです」


オーツ先生が授業のまとめに入る。


「身体系さんと身体系さんでは張り合ってしまいがちだけど、身体系さんと精神系さんは共に高めあえるわ。精神系さんを軽んじる人が一部にいるけど、あなた方はそんな事のないようにね」


 高めあえる。その相手がジャスパーならば、どんな高みを目指せるのだろう。リリーは疲れに身を任せて、そっと目を閉じた。


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